9-ⅩⅩⅩⅨ ~敗北確定の二日目~
文化祭と言うのは、爆弾のようなものだ。爆発を起こした瞬間こそ最大風速を巻き起こすものの、その爆発が起こった後は寂しく風が吹くばかりである。
文化祭では、二日目と言うのがその荒涼の風情を感じるものだ。初日ほどのボルテージは鳴りを潜め、熱はあれど粛々とした運営が実行される。
とはいえ、それは2年特A組のメイド喫茶には当てはまらなかった。
というか、昨日よりも忙しいくらいである。
「2番テーブルにこれ運んで!」
「4番! 注文、チキンステーキ! これ、持ってくよ!」
厨房に指示を飛ばしながら、平等院十華が皿を持って行く。
(あー、もう、いっそがしい!)
皿を持って行き、紅茶を淹れ、メイド服を翻しながら、十華は汗を拭う。食事処と言うのは、お昼の時間帯はどこも戦場だ。そんな中でも、一番の目玉であるこの喫茶店の集客率は、非常に高い。何だったら、一日目よりも盛況だ。
理由は単純で、この学校の文化祭、二日目は一般開放しないのである。一日目の一般層によって来れなかった、あるいは一日目の自分たちの出し物である程度落ち着いた女子高生が、どっとなだれ込んできたわけだ。
それは普通科特進科問わず、さまざまである。珍しいお嬢様の料理を食べたい普通科の女子と、普段食べている物を食べたい特進科女子がやって来たわけだ。
大盛況の売上を叩きだし、十華がシフトを終えて一息付けたのは、昼の13時を回ったころである。
「はあ……疲れた」
「お疲れさま、平等院さん」
クラスメイトの一人から水をもらい、一口つける。
「まさか二日目でこんなに売れるなんて、思ってなかったね」
「ね。びっくり。でも、楽しいわね、こういうのも」
「ほんと、ほんと。……ねえ、みんな」
一人の女子が、顔を寄せてささやく。内緒話というか、あまり声を大にして言えないような話だ。
「……普通科の方、行ってみない?」
その言葉に、十華含むお嬢様たちは、ゴクリと生唾を呑んだ。なんだかんだで、気にはなっていたのだ。本格メイド喫茶。一体、どれほどのものか。
ちょっと落ち着いた今なら、冷やかしくらいはできるだろう。
「……ちょっと、行ってみよっか」
十華の言葉に、彼女含む4人のお嬢様は頷いた。
********
敵情視察と言うか、何と言うか。そう言う面持ちで向かった普通科メイド喫茶だったが、その光景に十華は唖然とするばかりだった。
「……え、ナニコレ?」
そこにいたのは、メイド服姿ではあるものの、普通に雑談している女子高生たち。こちらを見ても、「あ、お帰りなさいませー」くらいの反応しかない。
そして、席について出されたのは、ジュースとお菓子だけ。
「えーと、じゃあ、今から30分ですねー」
「え、何が?」
「料金。30分、500円ですよ」
(……はあ?)
そして時間が計られるが、肝心のメイドはメイド同士で話をしている。しばし呆気に取られていると、ようやく見知った顔がやって来た。
「……なんだ、お前らか」
「エイミーさん!」
メイド服を着たエイミーが、やれやれと言う感じで十華の前に立つ。
「……なんか、思ってたのと違うんだけど?」
「そりゃそうだろ。客層が違い過ぎる」
二日目まで、完全に想定していなかった落ち度ではあるのだが。
メイドさんとおしゃべりできる喫茶スペースなど、女子高生には無縁の商売である。それこそ、キャストにでもならない限り、金を集めるのは困難だろう。やっぱり、成人男性が主なターゲットになるというものだ。
「加えて、女子を釣れそうな面々も今日はいないからなー」
九十九と萌音のような、大人の女の助っ人も昨日はいたこともあり、女性の客層はむしろ九十九目当てだった。
だが、昨日の騒動で、二人は揃ってお休み。結果、彼女目当てで来ていた客は、こぞって帰ってしまった。そりゃそうだ、残っているのはメイド服着た普通の女子高生だけだ。
「……そ、そう」
「おかげで閑古鳥だよ、こっちは。売上勝負なんて、するまでもないな」
「……そう言えば、立花さんは?」
「ああ、アイツも休み」
「ええっ!?」
十華は知らなかった。愛が人知れず文化祭を守るために、エンヴィート・ファイバー相手に空中で大立ち回りを決めていたことは。
そしてその代償に全身筋肉痛で動けなくなっていることなど、彼女は知る由もなかった。
「……そ、そうなの」
「いやー、ホントどうするんだろーなあ、アイツ」
「え?」
「だって、アイツ蓮に告白するんだろ?」
そうだった。特進科と普通科のメイド喫茶対決。普通科が負ければ、普通科の誰かが綴編高校の男子の誰かに告白するというもの。
「……まあ、十中八九そうよねえ」
ぶっちゃけ、そうなるからこその罰ゲームだったりする。
「……なあ、お前が言いだしたって聞いたんだけど。なんでそんなこと言ったんだ?」
エイミーの訝し気な顔に、十華はジュースにちびちび口を付けながら視線だけを向けた。
「……いやね? だってあの子……好きでしょ。彼の事」
あっさりと言い放った十華の顔には、笑みが浮かんでいた。
「腐れ縁として、お膳立てくらいはしてあげようかなって」
「……ありがた迷惑だろそれ」
「それも込よ。ひっどい映画しょっちゅう見せられるんだから。その仕返し」
あー、とエイミーもその答えで納得してしまった。愛珠玉のクソ映画は、お嬢様育ちには特に凶器だ。というか、普通科ですら耐えられないのに、特進科のお嬢様に見せるチョイスではない。
臓物ドバドバ、やっすいポロリ、そしてそれを全て上塗りしてしまうほどのできの悪さ。そんな映画を満面の笑みで勧めてくる愛の笑顔を思い出して、エイミーも苦虫を噛み潰した気分になった。
「……なあ、なんでホント、アイツあんな趣味なんだ?」
「さあ……」
男の趣味も映画の趣味も、エイミーにはイマイチ理解ができなかった。
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