9-ⅩⅩⅩⅧ ~嫉妬の魔女の後始末~

 すっかり地形の変わってしまった岩場で倒れている九十九と萌音の元へと、やってくる人影があった。多々良葉金である。


「……また、こっぴどくやられたな」

「変身してなかったら死んでたね」

「いきなり爆発するなんて聞いてないわよぉ……」


 動けないなりに、身体を仰向けにしながら萌音が泣くように呟いた。葉金は溜め息をつくと、二人をまとめて抱える。

 抱えた感じ、衝撃であちこち痛めてはいるものの、致命的なものはない。これなら、2週間くらい安静にしていれば、こいつらなら治るだろう。


「……ねえ」

「何だ」

「治ったらさ、修行つけてよ」


 呟いたのは、萌音だった。


「……また房中術か?」

「違う。忍術」


 マスク越しで見えないが、おそらくは唇を噛みしめている。九十九も、わずかながらに身体が震えていた。


「……すっごい、悔しい……!」

「私も……あんなのに、もう負けてらんない……!」


 蟲忍衆の女はどいつもこいつも、負けず嫌いなのである。


「……治ったら、な」


 葉金は溜め息をつきながらも、二人を抱えてその場から消えるように去る。

 二人には気づかないように、口角を緩めていた。


********


 激動の文化祭一日目が終わった夜。Dr.モガミガワはそろそろ本気で神を滅ぼす兵器でも造ろうかと、本気で考えていた。

 理由は、目の前にいる男たち。

 不機嫌そうな紅羽蓮と、いつも通りの薄っぺらい笑顔の安里修一。そして、二人の前でベッドに眠っている、二人のオカマである。


「何か? 俺様への嫌がらせか? 散々カップルどものイチャコラシーンを見せつけられて心身ともに疲れ切った俺様に、今度はこのオカマどもの相手をしろと言うのか? 泣くぞ? 30代後半のいい年したオッサンが、人目もはばからずギャンギャン泣き喚くぞ? いいんだな? 覚悟の上だな?」

「よしてください、みっともないから」


 バッサリ安里に切り捨てられたモガミガワは、大きなため息を吐く。


「……実際問題、本当にこいつらがエンヴィート・ファイバーだった。どうも、繊維が体内に入って、体質そのものを変えているらしい」

「じゃあ、彼らは元には戻らないんですか?」

「バカ言うな。俺様だぞ。細胞を傷つけないように繊維の核を切り離して摘出していけば、残った繊維は勝手に死滅するから、元に戻るだろうよ」

「はあ。ちなみにそれってどれくらいあるんです?」

「ざっと5兆だな。一人当たり」

「……兆?」


 蓮が聞きなれない単位に顔をしかめた。まあ、テレビでもなかなか出る数ではない。精々蓮が聞くのは、億が限度だ。だが、人間の細胞の数はざっと37兆。意外と身近にある数字でもある。

 なお、今話しているのは、エンヴィート・ファイバーをマリリン、ステファニー両名から摘出するという話だ。

 そもそも今回の騒動の発端はモガミガワがエンヴィート・ファイバーの回収を依頼したことに始まっているので、まあ当然の帰結である。

 家に帰って着替えた蓮に、安里は気絶していた二人をラボへと連れて来させたのだ。


「それはまた、すごい数ですね。手伝いますか?」

「いらん。俺様のハイレベルでナノレベルな器用さでなければ、完全摘出は不可能だ」


 安里が同化侵食できないものといえば、蓮の筋力もそうだが、実はこのモガミガワの技術力もだったりする。彼のオーダーメイドの兵器が善悪問わず組織に高額取引されているのはそのためだ。出なければこんな人格破綻のひねくれ者、この世で生きてはいけない。


「ま、そう言う事なら僕は別にいいですけど」

「おう。ごくろうだったな。依頼料はこっちで振りこんでおく。しかし……」


 モガミガワはふてくされている蓮を見やり、にやりと笑った。


「聞いたぞ。お前、こいつらに手も足も出なかった挙句、めちゃくちゃにされたそうだな」

「やめろ、思い出させんな!」


 蓮の全身に鳥肌が立った。あの光景は、多分しばらく夢に見る。


「……まあ、僕としては、ここに来るまでずっとおめかししていたあなたの方に驚きですけどね」


 安里が、そうぽつりとつぶやく。そして、ラボの奥にあるモガミガワの私室に目をやった。山のように、脱ぎ捨てられた服が散在している。

 文化祭が終わってだいぶ経つのに、この男、まだ行く服が決まってなかったのだ。


「……ふん、まあいい。何だったら、俺は明日、客として桜花院の文化祭に行ってやるとも」


 意気込んではいるが、この惨状を見る限り、多分行くことはないんだろうなあ。

 安里はそう見切りをつけ、翌日は実際その通りとなった。


 文化祭二日目は、本当に何のトラブルもなく、平和に終わったのだ。


 コイツが来たら、絶対悪い意味で騒ぎになったろうから、当然の帰結である。

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