10-Ⅲ ~アイドルPと怪文書~
「ダーリン、何か機嫌いいね?」
綴編高校教師であり、蓮とマンツーマンで数学のドリルとにらめっこしている
「そうか?」
「そうだよ。なんか、勉強も調子いいし」
キューに言われて見れば、自分がやっていた数学の問題が、軒並み丸になっている。今日やってたのは、苦手な平面図形なのだが。
「おおー……すげえな、我ながら」
「何かいい事でもあったの?」
「いい事、ね……」
まあ、幼馴染との再会は、いい事に入るか。あの後は散歩から帰って、朝飯食って、着替えて、学校来ただけだし。
ま、そういうこともあるだろう。その日は上機嫌で、不良どもの血みどろの喧嘩も華麗にスルーしたのであった。
そして、なんとなーくいい気分で、安里探偵事務所のドアを開ける。
――――――ゴリラのような顔した大柄な体格の男が、目の前に立っていた。
「うおわあああ!?」
いきなり現れた男の迫力に、蓮は思わずのけぞった。びっくりしすぎて、心臓が止まるかと思った。
「うわあああああああああっ!」
だが、どうやら男の方も、いきなり蓮が叫んだことにビビったらしい。こっちはこっちで、尻餅ついでに、応接用の机に後頭部を強打した。
「あがっ!」
男は頭を押さえて、うずくまってしまった。蓮は最初こそ驚きはしたものの、割とすぐに復帰する。
「……何だ?」
「何だじゃないでしょ、何だじゃ」
呆れた声が、うずくまる男の向こうから聞こえた。安里探偵事務所所長の、
「何してくれるんですか、依頼人ですよ?」
「依頼人?」
蓮が見下ろす中、「いてててて……」と言いつつ、ゴリラみたいな男がむくりと起き上がる。
「……あ、あなたは……?」
明らかにこちらより年上だろうに、丁寧な物言いだ。
それに腰も低い。蓮が見上げないといけないくらい、背はデカいのに。
「……ここの、従業員だけど……」
「そう、ですか……私は、こういうものです」
男は丁寧に、ピシッと名刺を渡してくる。蓮みたいな奴相手でも、ビジネスマナーに則った名刺の渡し方だった。
マナーもへったくれもない蓮は、普通にその名刺を受け取ると、その肩書をまじまじと見る。
『I・BITS・プロダクション 芸能企画開発課 主任
「ロバ?」
ゴリラみたいな見た目してるのに? という言葉は、さすがに飲み込んだ。
「いわゆる、プロデューサーという奴です。私は特に、アイドル部門の企画開発を担当しています」
「アイドル」
こんな見た目で……? という言葉も、蓮は必死に飲み込む。
「ま、アイドルやるのは、実際違う人ですけどね」
蓮の心の声に突っ込むように、安里が咳払いした。
「……まあ、その、どうも。紅羽、蓮っす」
「よろしくお願いします」
ピシッとおじぎをされ、蓮はどうにも調子が狂う。無礼な奴とは日ごろ接しているから慣れているが、逆に礼儀正しい人にはどう対応したらいいのかわからなかった。
「ロバさんの依頼、蓮さん向けの話だと思うんで、待っててもらってたんですよ。どうぞ」
安里に促され、路場は応接用のソファに座る。安里と蓮は、その反対側の席に座った。
「……実は、今、あるプロジェクトを進めているのですが」
ぴらりと、一枚の紙を路場が机に置く。たくさんの女の子が様々な活動をしている写真を合わせた、何かのイベントのようだが。
「ニューヒロイン・プロジェクトという、連続ユニットデビューの企画です。現在、プロジェクトに参加している15名から、既に12名がデビューしています」
「へえー、これはその参加者の方ですか」
「はい。……ご存じの方はいますか?」
「僕はさっぱり。蓮さんは?」
「俺もアイドルなんざ知らねえし……」
そう言ったところで、蓮はチラシの、写真の端っこに映っている、あるものに目が行った。
「ん? ……ん!?」
「どうされましたか? まさか、ご存じの方でも?」
「知ってるっつーか、これ……!」
「え、それですか?」
蓮が指さしたものに、路場は首を傾げる。
彼が指を差したのは、レッスン途中でピースサインをして笑っている女の子……ではない。その奥、写真の端っこに映っていた、ピンク色のジャージを着ている後ろ姿だった。
「……こいつは……」
「……依頼というのは、まさにそれなんです」
路場が、カバンからさらに一枚の紙を出した。新聞の切り抜きをコピーしたのだろう。フォントも色合いも、大きさもバラバラの文字を繋ぎ合わせた、ある文面だった。
『偶像に光は灯らない 祈りは届かず 叶わじ』
「……何だこりゃ?」
「こんな文書が、プロジェクトあてに送られてきたんです。……当然、メンバーには伝えていません。一部のスタッフのみが、この件を知っています」
「偶像……ってことは、アイドルでしょうね」
そもそも、アイドルとは「偶像」という意味がある。崇拝されるものが、いつの間にやら転じて今のような使われ方になったわけだ。
「祈りは届かず、叶わじ……ねえ」
「……先ほど、紅羽さんが指した子がいますよね。……彼女と、あと二人のメンバーが……このプロジェクトの、最後のデビューユニットなんです」
「何?」
「色々とタイミングが遅れ……ずるずるとデビューを遅らせてしまい、もう待たせることはできない。そんなときに……これです」
「成程ねえ。この怪文書の送り主を探してほしいわけですか」
安里の答えに、路場は頷く。
「あの子たちが、どれだけデビューに向けて研鑽を積んできたかは、私がよくわかっています。……こんなことで、彼女たちの希望を奪いたくないんです」
「でも、なかなかこんな文章を送ってくる人がいる中、ノーガードでデビューさせるのは怖い、と……」
そこまで言い、安里と路場の視線が、蓮へと向いた。
「……俺?」
「ボディーガードもしていただける方がいれば、こちらとしても安心なのですが……」
「ですって、蓮さん」
「えー、ちょっと待ってくれよ!」
蓮は慌てて、両手を振った。
「大体、こんな得体の知れない奴なんてそんなとこに連れてっちゃダメだろ!」
「自分で自分を指差して、悲しくないです?」
「いえ、実は紅羽さんの件は、ある筋から情報をいただいているんです。信頼できる方だと」
「誰だよ! そんなこと言ったやつ」
「内藤麻子さんです。最初は、アマゾネス人材派遣サービスに頼んだんですが……彼女が、あなたなら適任だと」
麻子が? と、蓮は一瞬、首を傾げた。アイツ、そんなことまでやってんのかい。とりあえずこの件は、今度会ったら文句を言わねば。
「……で、引き受けてくれませんか?」
「やらないとは言ってねえだろ。……でさ」
「はい?」
「コイツなんだけど……一応さ、名前聞いていいか?」
蓮が指し示したのは、先ほどのピンクのジャージの女の子だ。
その問いかけに、路場は普通に答える。
「――――――夢咲、香苗さん、と言います。
(……やっぱりかよ……)
それを聞いた蓮は、頭を抱えた。
ピンクのジャージに見覚えがあったのは、早朝に公園で見たばっかりだったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます