9-ⅩⅩⅩⅤ ~竜に乗ったメイド(剣豪)~

 エンヴィート・ウィッチ――――――もはや、そうとしか定義ができない生命体は、悠々と空を飛んでいた。

 彼の中に、マリリンとステファニーの意識はもはやない。エンヴィート・ファイバーによって細胞レベルで融合しており、その肉体をベースとして、宇宙から飛来した繊維が自我を確立している。


 この人間2人は、彼らにとって都合の良い温床であった。巡り会ったのは、地球の人間の言葉で言う「運命」と言う奴だと思う。


 実はこの繊維は、宇宙にいた時は自分がこんな能力を持っていることなど知らなかった。ただただ小さく、ちっぽけな宇宙の生命の一つ。


 それが、地球の人間の、幸福の感情から発生するエネルギーに触れた途端、過剰なまでの反応を起こした。

 その強烈な反応により、何が起こったか。一番大きな変化は、生命に「自我」が生まれたことだ。元々はただ生命を持続させるだけの意識しかなかった繊維が、意識を持ってその施設を離れたのである。

 さらには、極寒の大地、そこから逃げるように地下へ逃れ、灼熱の溶岩を見に纏い、その形質すら再現できるようになった。自我を持ったことで記憶が可能になったのだ。


 そして、溶岩の流れに乗り、たどり着いた先で、繊維は身を隠すために、繊維の中に混じった。その際「灼熱」と「極寒」に分離したのは、混じる先の「色」に影響されたのだろう。

 そうして紛れ込んだ先、人間に服として着られることで、その感情を学んだ。


 マリリンもステファニーも、心の奥底で深い憎しみを抱えていた。彼らを介して、自分の自我が「嫉妬」である、という事を初めて学んだのだ。


 彼らの嫉妬の心を増長させることで、自分はより多くの快感を得られるようになった。エンヴィート・ファイバーは知る由もなかったが、彼らのH・F・Eとの接触反応は、人間でいう性欲に近い。いわば、反応する、という行為が自慰行為にあたるのだ。

 そして生物はより強い快感をもたらすものに依存するようにできている。承認欲求だったり、麻薬だったり、それは人、さらに言えば個体によってさまざまだ。


 エンヴィート・ファイバーの場合は、マリリンとステファニーに自分の快感を共有することで、殺人に「依存させた」。


 依存した快感はさらに強さを増していき、その精神すらも、依存が蝕んでいく――――――。

 そうして侵蝕した精神を食らうのは、さらに快感であった。


 エンヴィート・ウィッチは、快感に酔いしれていた。しかし、その恍惚とした感情は、まだ足りないと言っている。もっと、もっと気持ちよくなりたい。


 その為には、先ほどの場所がちょうどよいだろう。あそこで多くの人間を殺せば、また気持ちよくなれそうだ。

 自慰にすっかり依存したエンヴィート・ファイバーは、そんな気持ちで空を飛ぶ。この浮つきは、さながら自分の心のありようであった。


 そうして、いよいよターゲットである人間の集合箇所が見えたところで――――――エンヴィート・ウィッチの帽子についた目玉が、にやりと細まる。


 そして、帽子から飛び出ている巨大な繊維の塊の腕から、灼熱の炎塊と、絶対零度の氷塊を同時に造り出す。これを同時に、あそこに投げ込めば、きっと愉しいことになる。


 そう信じて疑わない彼は、何のためらいもなく二つの塊を、目的の場所目掛けて放り投げた。


 どんな反応が来るかな? とわくわくしながらの投擲。


 だが、期待した反応はなかった。

 それどころか、強いエネルギー派によって、どちらの塊もかき消されてしまったのだ。


「……アレ?」


 首を傾げたエンヴィート・ウィッチの下に、その衝撃波が迫るので、彼はガードする。塊を相殺したのでだいぶ威力が削がれているのか、割と簡単に受けることができた。


「……ダレ?」


 生命の気配を感じ、彼は空から見おろしていた。


 同じく空に、自分と同様に飛んでいる奴がいる。


 それは巨大な竜と、その背中に乗っている。人間の女だった。


********


「ふおおおおおおおおお……!」


 エイミー・クレセンタは、柄にもなくひどく興奮していた。

 何しろ、いわゆる「推し」が、目の前にいる――――――というか、自分の上に乗っているのだから。


 その推し――――――宇宙剣豪ヤトガミこと霧崎夜道は、愛の身体への憑依を済ませている。


「……そんなに驚くことか?」

「その銀の髪の色! 渦のような瞳! 間違いなく……間違いなくヤトガミだ……!」

「あのなあ、そんな場合じゃないだろうに」


 そう言う夜道は手早く、夜刀神刀を腰に差す。そして、自分の格好にげんなりした。


「やっぱり動きにくいな。着替える時間は……」

(ないですよ、そんな時間!)


 夜道、もとい愛が着ているのは、ずっと和装メイドの格好である。エプロンの紐に刀を差しこんでいた。

 そして、腰には3本の刀が差されている。パネルの写真のときに使った模造刀である。教室にあったので、急いで取って来たのだ。


「……よし」


 夜道は頷くと、エイミーとともに校舎外れに移動する。これからする事を、人目につかせるわけにも行かなかった。


「じゃあ、頼むぞ」

「は、ははははは、はい……!」


 夜道の言葉に、エイミーは緊張しながらも頷く。なにしろ、これからやることがやることだ。


 エイミーは全身に力を込めた。途端、彼女の身体に変化が訪れる。全身に鱗が顕れ、それが強靭な装甲へと変化を遂げる。

 さらに身体もみるみる巨大化――――――とまではいかないものの、ある程度のサイズアップは果たしていた。

 そしてものの数秒ほどで、彼女は四足歩行の竜へと姿を変える。得体の知れないふりかけを食べたことで突如手に入れた能力だったが、こんな役得になるのならもらっておいてよかった、と彼女は心の中で思っていた。


 さっきから、一体何をするのか、と言えば。


「じゃあ、行くか」


 夜道はそう言い、颯爽とエイミーにまたがる。そして、夜刀神刀を抜き放つと、その折れた刀身がすぐさま光の剣へと姿を変えた。


「頼むぞ、竜娘」

「……ま、任せてください!!」


 超至近距離で、ヤトガミの生の剣技を見ることができる特等席。


 空を飛ぶ魔女の迎撃場所として、彼女の背中の上が選ばれたのである。

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