9-ⅩⅩⅩⅢ ~爆裂する嫉妬の意志~

「……とりあえず、桜花院に連れてけばいいみたいだ」

「大丈夫なの? それ」

「それは……萌音の糸の強度次第じゃないの?」

「あらやだ、責任重大」


 そう言いながら、萌音と九十九は、それぞれぐるぐる巻きにされたエンヴィート・ウィッチたちを抱える。彼らはぐったりとして、動けないようだった。

 それもそのはずで、萌音の縛った糸には、相手の生命力をじわじわ吸い取る術を仕込んでいる。房中術でもよくやる、彼女の得意忍術の一つだ。


「で、学校ってどの辺にあるの?」

「そう遠くない位置らしいけど……ここから南西に、30㎞だって」


 スマホで検索を掛けた九十九が、彼方を指さす。と言っても、岩山ばかりで全然見えないが。


「……結構なところに移動させたのねえ」

「まあ、二次被害とか考えたら妥当なんじゃない?」


 そんな雑談を躱しながら、萌音と九十九は歩き出した。


 そして、マリリンとステファニーの指先が、ピクリと動いたことに、二人は気づかずにいた。


(……マリリン)

(ステファニー……)


 生命力を吸われ、打ちのめされ、朦朧とする意識の中、二人は互いの名を呼び合っていた。二人は純粋な日本人であり、この名前は夜の源氏名。だが、元の名はとうの昔に捨てている。


 彼らは、小学校の頃からの、幼馴染であった。

 この性格が災いし、学校ではいつも「オトコオンナ」とからかわれていた。男子からは乱雑に扱われ、女子からは気持ち悪がられ。


「オトコオンナは、オトコオンナ同士で付き合えよ!」


 そんな言葉とともに、マリリンとステファニーは無理やりキスさせられたりしていた。教師は知らない――――――というより、見て見ぬふりだった。


 誰も助けてくれず、ただひたすらに小学校の時間が終わるのを、お互い一人で待っていた。その頃は、互いに互いを嫌いで仕方なかった。


 まるで鏡のようで、醜いとしか感じなかったのだ。二人は小学校を卒業すると、別々の中学校に進学した。


 二人が再開したのは、ゲイバーで働くようになってからである。マリリンが働くバーに、ステファニーが新人として入って来たのだ。


 オカマとして生きていくことを決意し、化粧や衣装などはしていたものの、互いに互いをすぐに認知した。そして、これは運命だと思った。


 昔話に花を咲かせれば、お互いつらい過去を経験していた。普通の男女のような恋愛はできず、自分の本心をひた隠しにして、目立たないように暮らしてきた。


 社会に出て、さらに押し殺さなければ、普通でいなければ。そう必死に生きた結果、精神を病んだ。さらには、ゲイだという事が会社にバレて、いじめられるようになったのだ。


「……私たち、生まれてこなければよかったのかしらね」

「――――――さあ。分からないわ」


 そんな風に、互いの傷を理解し合い、なめ合うことでしか、二人は生きていけなかったのだ。ほんの10カ月前までは。


 きっかけは、ほんの遊びのつもりで訪れたフリーマーケットだった。


「お兄さんがた、良かったらこれどうだい? サイズピッタリだろ?」

「あら、そう?」


 若いお兄ちゃんにおだてられたこともあり、つい手に取ったタンクトップ。しかも、赤と青のペアルックだった。


 それを手にした途端、何かが自分の体内を駆け巡った。

 煮えたぎるマグマのような熱と、それに付随する激情。記憶の奥底から、まるで自分がマグマそのものになったような感覚を、マリリンは味わった。

 ちらりと横を見れば、ステファニーも同じような表情をしていた。


 タンクトップを購入し、意を決して、それを見に纏う。


 フリマの会場で感じたような激しい衝動が、全身にみなぎった。それと同時に、まるで今すぐにでも絶頂しそうなほどの高揚感も。


 町の片隅のゲイバーで、静かに暮らすオカマ。つつましく、だけれども平和に生きていければ、それで幸せだと、それまでは思っていたのに。


 町を歩くたびに、ファミリーやカップルなどを、見ないようにして、日陰を歩いても、幸せならそれでよいと、そう思えていたのに。


 それらの感情が、激しい憎悪で塗りつぶされていった。


 気付けば、マリリンは噴火となり、町へと飛び出した。そして、路地裏で情事に耽っていた男女を、溶岩となって包み込む。


 まるで二人の幸福感を、自分が感じるかのような快感だった。元に戻れば、そこにいたのは自分だけである。完全に熔解して、カップルは自分と一つになっていた。


 そうなると、もう、やめられなかった。ステファニーも同様で、吹雪となり、カップルを凍り付かせ、粉々にして取り込んでいた。


 幸せそうなやつらの幸福を、自分達が味わうために。

 幸福の感情ごと、彼らの身体そのものを取り込んでいたのだ。


 まるで麻薬のような強烈な快感。しかも、自分の持っていた劣等感を吹き飛ばすほどのもの。やめよう、などと考えること自体、脳が拒否していた。


 その成れの果てが、これである。自分達がおごり、叩きのめされて、得体の知れないところへと連れていかれようとしている。


(……また、日陰に戻るの?)


 ステファニーの声が、マリリンの脳裏に響いた。本人が言っている気配はない。それなら、抱えている二人だって気づくはずだ。


(……私は嫌よ、あんな暗い、じめじめしたところは)


 自分たちの今までの幸せが、どんなに狭く、惨めなものか。堂々と、大手を振って、幸福を享受することを、許されなかった彼らには。


(……モウ、失イタクナイ)

(モット、奪イタイ)

(幸セナ奴ラカラ)

(強イ奴ラカラ)


 次第に、彼らの身体に力が戻ってゆく。

 萌音は気づく由もなかったが、エンヴィート・ファイバーとは極小の繊維が大量に集結したものだ。それは、「糸」であるもの限定で、じわりじわりと自分を増やしていく。いわば、安里修一の同化侵食と同じだ。


 そして、彼らを縛る「糸」も、繊維としてじっくり、じわじわと侵食されていく。


 音もなく、繊維同士が近付き、やがて結び合った。


((憎イ……憎イ……))

「……っ!! 萌音!!」


 九十九が気付いた時には、もう遅かった。


「「……妬マシイ――――――――――――!!」」


 激しい熱と冷気が入り混じって発生し―――――――。


 ――――――そして、大爆発を起こした。

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