9-ⅩⅩⅩⅡ ~エンヴィート・ウィッチ、捕縛!!~
「……なんか、アイツら強くないか!? アイツら、蓮を倒した奴らだろ!?」
タブレット内での戦闘風景に、エイミーが呟いた。
そんな彼らがいるのは、学園敷地内の体育倉庫の裏である。さすがに教室の中でこんな実況をするわけにも行かない。
「まー、彼女らもプロですからねえ」
適当に答える安里の脳内では、彼女たちとの居候が始まったころに葉金と話したことを思い出す。
「あの2人は、ずっとコンビでやってきてますから。個人より、連携の方がよりその実力は分かるでしょう」
(……なるほどなあ)
安里も納得するほど、萌音と九十九の能力は相性がいい。
糸忍である萌音の糸は、ただ相手を拘束するだけのものではない。込める霊力の量に寄るのだろうが、性質が大きく変わるのだ。
硬い糸は切断、柔らかい糸は絡みつき、おまけに硬度は自由に変わる……。こんなの、単体でも強いに決まっている。
だが、なにより、彼女の糸の本質は、「粘性」も自在に変えられることだ。
本来蜘蛛が作る素には、くっつく糸とくっつかない糸が存在する。蜘蛛が巣を移動する際には、そのくっつかない糸を選んでその上を歩くわけだが。萌音の場合はその「くっつく」「くっつかない」の切り替えを糸ごとに自在に変えられるわけだ。
(……相当頭使うだろうなあ、コレ)
張り巡らされた糸は、相手の動きを阻害し、さらに相手にまとわりつく。まとわりついた糸を引っ張れば、相手の思わぬ方向に身体を動かし、関節を決めることも可能だ。それらすべては、萌音次第。対策としては糸を全て躱すか、まとめて焼き払うか。またまたあるいは、それらすべてを無視して、超スピードとパワーで引きちぎるか。ま、最後は現実的ではない。
そして、イナゴニンジャーはその糸を自身の格闘に最大限利用しているのだ。強靭勝粘性のある糸で勢いをつけると、パチンコのように飛ぶ。そして一気に距離を詰めた後、お得意の蹴りを叩き込むのだ。おまけに、糸さえあればどこでも足場になるので、あんな何もないところで三次元的に空間を使うことができる。上から一直線にかかと落とし(溶岩化、氷塊化貫通)が襲い掛かるとか、恐怖以外の何物でもない。
気付けば、マリリンとステファニーは、彼女たちの巣の中に囚われの身となっていた。
「やっぱり、向こうは素人なんでしょうね。直接戦闘の経験がないんでしょう」
「普通ないんだけどな、普通は」
能力は特殊且つ強力なのだが、相性の問題もあるだろう。蓮のように殴るしか能がない奴には効果てきめんでも、魂を直接攻撃できるあの二人は天敵に近い。
「……そう言えば、蓮さんどうしてるだろ、まだ寝てるのかな?」
愛は、保健室で寝ているであろう蓮の姿を思い出した。保健室で診ているはずのシグレに確認を取ると、「いまだ眠っていて起きない」という答えが返ってくる。
「……そんなに重症なんでしょうか?」
「ここぞとばかりに寝てるだけだと思いますけど」
思えば、蓮は朝早くからたたき起こされてご立腹であった。気を失ったとはいえ、その分の睡眠を今補完しているのかもしれない。だとすれば、この騒動が終わるまでに起きるかどうかも、正直怪しかった。
********
「「うああああああああああああ!!」」
オッサン二人の叫び声とともに、アーマーを付けたエンヴィート・ウィッチ二人が吹き飛ばされ、地面を転がる。
口から血反吐をまき散らす。息も上手く吸えない。
(……な、何!? この子たち、この強さ……!)
そんな二人を見下ろすのは、二人の女忍者。そこには一切の油断も隙も無い。というか、あったとしてもしがないゲイバーの店員二人にはどうにかできるものではなかった。
「……なんだか、こっちが悪役みたいだ」
「そうね。なんだか弱い者いじめみたいだわ」
あの紅羽蓮を倒したというのだから、どんなものかと思っていたのだが。実際のところ、能力にかなり依存していたのだろう。弱すぎて拍子抜けだ。
「……まあ、そんなもんだよな、普通は」
「そうねえ。全身マグマに全身氷だもの、能力に頼らない方がおかしいわよね」
そう言い、萌音は指から糸を放つ。糸はあっと言う間に、マリリンとステファニーをぐるぐる巻きにした。
「ううっ!?」
「は、離れない! なんで!?」
二人は咄嗟に身体の形を変えようとするも、糸が絡みついて上手く身体が変形しない。萌音の霊力で作られた糸は、二人の変形能力をも阻害していた。
「……こんなもんでいいかしら?」
「……だね」
九十九はスマホを取り出し、電話を掛ける。
『はーい、見てましたよ』
「……捕まえはしたけど。どうすりゃいいワケ、こいつら?」
『そうですねえ……モガミガワさんに引き渡すのが一番いいんでしょうけど』
ちょっと連絡してみますね、と言って、安里は電話を切った。そして、すぐさまモガミガワに切り替える。かなり待たされたが、15コールくらいでやっと出てきた。
『……なんだ』
「捕まえましたよ。エンヴィート・ファイバー」
『ほう』
「……Eサーチャーは全く役に立ちませんでしたがね」
『!?』
モガミガワにとっては、心外以外の何物でもない言葉だった。あれを作るために、どれだけ苦心し、血反吐を吐く思いをしたというのか、知らないわけでもないだろうに。
『じ、じゃあ、どうやって見つけたんだ』
「やっぱり、時代は科学よりオカルトですよ、オカルト。それで、エンヴィート・ファイバーの引き渡しですけど」
『――――――俺が取りに行く。場所は?』
「桜花院女子高で」
そう言った途端、モガミガワとの通話が切れた。
「切れた……」
「な、何か問題でもあったんですかね?」
「いや……」
心配そうな愛を尻目に、安里は溜め息をつく。
きっと、モガミガワが来るのは相当に遅くなるだろうな。自分で言って、しまった、とも思う。
女子高生のお嬢様にいい恰好しようと、念入りに準備をするつもりなんだろう。となると、来るのは3時間はかかる。車で15分くらいの距離であることを見越してもだ。
「……ここにしたのは失敗だったかな」
「今からでも変えられるんじゃ……」
「そんなこと言ったら、あの人はへそ曲げてごねますよ。余計時間がかかる」
エンヴィート・ウィッチは曲がりなりにも人殺しである。あの二人が完全に圧倒しているからいいものの。
「あまり時間をかけると何するかわからないですからねえ。朱部さんに、迎えに行ってもらいます」
ホント、何も起きなければいいんですけど。
安里はそう、心の中で祈るばかりだった。
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