9-ⅩⅩⅩ ~絶望の2人目~
「……始まりましたね」
特進科2―Aの喫茶店で、九十九たちをまとめてワープさせた安里たちは、ドローンの映像から激闘を眺めていた。
九十九がマリリンを蹴り飛ばしたのは、最初からそれが目的である。話をしていたのは、後ろでスタンバイしている安里の存在を彼に気取らせないため。
そして蹴り飛ばしたのは、後ろにいる安里を通して、被害が少ないであろう場所へと転移させるためだ。マリリンがよろめいて転移すると同時、彼女も飛び込んだのである。
あまりにも一瞬の出来事で、それを理解できる者は「安里修一」を知るもの以外はいない。
「とにもかくにも、これで第一関門はクリアですね」
「安里さん、ここってどこなんですか?」
「さあ。とりあえず草木や人気のない砂地を選んだので……」
ドローンで事前に場所を確認していた、という事なので、そこまで遠くはないのだろう。にしても、なんで徒歩市にこんな場所があるんだろうか。
「あとは、肝心のアレを何とか出来るか、という点なんですが……」
ドローンの映像を見るに。
「――――――ずああっ!」
「ぐふうっ!」
九十九の華麗な蹴りが、怪人エンヴィート・ウィッチとなったマリリンの腹を、見事にとらえている。
溶岩化しているにも、関わらずだ。
「おおー……これならいけそうですよ!」
「よっし!」
愛は強くガッツポーズを取った。やはり、霊的な要素――――――魂に直接攻撃できるなら、相手が不定形だろうと関係ないらしい。
そもそも、できない道理はなかった。なにしろ、ムシニンジャーが相手をするのは、大半が実体のない霊的怪異なのだから。それが宇宙生物に変わっただけである。
そして、曲がりなりにも九十九は戦闘のプロであった。
「……九十九ちゃんが負ける道理ないわね。見る限り」
合流した萌音が、ドローンの画面を見ながら得意げに笑う。彼女の強さをここにいる中で一番知っているのは、他でもない彼女だった。
「万が一の場合は、葉金兄に応援頼もうかと思ってたけど、必要ないみたい」
画面の向こうでは、九十九が一方的にマリリンをボッコボコにしていた。
そりゃ、片や徒手空拳の達人、片や素人のオカマとなれば、勝負の差は歴然である。例え身体を溶岩に変化できても、実質無効化に近い形でダメージを与えられるのだから、ハンデはあってないようなものだった。
後は、九十九がマリリンを完全に戦闘不能にするまで追い込めばいいだけである。
――――――だけだったのだが。
「あらぁ? マリリンたら、いないじゃないの。ここで待ち合わせって言ってたのに……」
ふと野太い声がして、その場にいた面々はばっと振り向いた。
銀髪ロングヘアで、白いドレスを着た――――――マリリンと同年齢くらいのオッサン。やっぱりメイクはバッチリされていて、これまた紫のルージュ。
そして。まさかと思って目を凝らしてみれば。
白いドレスの中に、うっすらとぎょろぎょろ動く目玉が見える。下地の色は、どうやら青いらしい。
((((……2人目だ―――――――っ!?))))
事情を知っている安里、愛、エイミー、萌音の四人は、心の中で盛大にツッコんだ。
********
よくよく霊視してみれば、先ほどのマリリンと魂の形質も一致していた。
(……2人目がいるなんて、聞いていないんですけど!?)
(奇遇ですねえ、僕も初めて知りましたよ)
そもそもエンヴィート・ファイバーは1体だけだと、誰もが思っていた。それゆえに愛も、霊視による探知でマリリンを見つけた時、安心してしまったのだ。その虚を突かれた。
もしあの銀髪のオカマがマリリン同様の能力を持っているとしたら、文化祭の危機はまだ終わっていない。
(いずれにせよ、あの人も何とかして学校から引き離さないと……!)
(……そ、そうね……)
幸い、彼? はまだこちらに気づいていない。であるなら、不意打ちで安里が近付けば事足りる。マリリンと同じところであれば、被害も少ないだろう。
方針を決めた四人は立ち上がると、それとなく男を囲んだ。気づかれない程度に、距離をおいてである。男の方は、マリリンと待ち合わせしていたのであろう。見回して「どこ行ったのかしら」と怪訝な顔をしていた。
教室から出られないように警戒しつつ、安里が彼の正面に向かって歩き始めた。
そして、いよいよ接触し、別の場所に引きずり込まんとした時。
男の視界に、映ってはいけないものが映った。それは安里のさらに奥、喫茶店の席で仲睦まじげに食事をとる、お嬢様と彼氏らしき男性の姿。
エンヴィート・ファイバーは、カップルのいちゃつきによって発生するH・F・Eに反応する。
「……あら、可愛い子ね」
ニヤリと笑った瞬間、その場にいた全員が強烈な寒気を感じた。
おぞましさ、とはまた違う。物理的な寒気である。教室の温度が、明らかに下がっていた。
「……あれ?」
淹れたてのはずの紅茶が冷えて、みるみる間に凍り付く。
そして、彼氏が気付いた時には。
顎を、オカマに指で持ち上げられていた。
「私の好みよ? このまま食べちゃおうかしら」
「「「……っ!!!」」」
その場にいた全員の認識が遅れる中、唯一動けたのは萌音だけであった。霊力の糸を飛ばして、顎を持ち上げるオカマの指を縛って引き寄せる。
持ち上げるものがなくなったことで、彼氏の頭が落ちた。と同時に、オカマは紫のルージュから、北風のような吐息を噴く。
彼氏の髪の毛の先を凍らせ、さらにその後ろの教室の壁に、一瞬で霜が降りた。
「……きゃあああああああああああ!!」
女生徒の悲鳴と同時、エイミーが安里をオカマめがけて突き飛ばす。
「えっ?」
間に入っていた萌音もろとも安里に飲み込まれたオカマは、そのまま教室から姿を消した。
「……な、何が起こったの!?」
「し、しっかりして、ねえ!」
彼女に肩を揺さぶられる彼氏は、唇が真っ青になって茫然としている。どうやら、あれだけでもH・F・Eを吸われたようだ。
残された愛たちの表情は険しい。というか、愛は目を閉じて、精神を再び集中させていた。
「……まだいるのか? いたとしてオカマなのか?」
「……さすがにこれ以上はいない、と思うけど……」
「というか、咄嗟に九十九さんと同じところに送り込んじゃいましたけど、大丈夫なんですかね?」
突き飛ばされてしたたかに頭をぶつけた安里が、ぶつけた箇所をさすりながら呟いた。
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