9-ⅩⅩⅨ ~嫉妬の魔女(男)~

 特進科2―Aの本格風メイド「喫茶」は、大盛況となっていた。なにしろ、超一流の軽食を、文化祭ならではのリーズナブルな値段でいただけるのだ。それは、高級食材を使って1,000円という、破格である。

 そして、給仕を務めるのは、見目麗しいメイドたち。元々お嬢様であるからか、所作の一つ一つをとっても一流であることは間違いない。

 おそらくはこの文化祭の目玉の一つ、と言っても差支えはないだろう。


 ――――――そんな教室に、鳶九十九は飛びこんだ。


「なっ……!?」


 受付をしていた女生徒は、思わずたじろぐ。なにしろ、飛び込んできた九十九は男装の麗人で界隈をならしているほどの美形である。そんな彼女が血相変えて飛び込んできたのだから、混乱と魅了が同時に彼女の頭を支配していた。


「あ、あの……? ご主人様……順番を……」

「……失礼、お嬢さん」


 九十九は自然と、彼女の顎を指でなぞる。


「人を待たせているんだ。……紫色のルージュの人なんだけど、知らないかい?」

「は、はひっ……」


 イケメン九十九の顎クイに、すっかり彼女はメロメロである。そして、震える手で、教室の奥を指さした。


「あ、あちらでひゅ……」

「ありがとう。素敵なお嬢さん」


 受付の女子の手の甲に跪いてキスするのは、もはや職業病だった。くらくらと来てしまう彼女を壁に預けて、指さされた方へと向かう。


 近づけば、確かに。霊能力者である九十九には、わかる。

 目の前にいる男の魂は、普通の人間とは明らかに異質だ。魂の質が「重い」と言うのも、なんとなくわかる。近づくだけで心臓が押しつぶされそうなプレッシャーが放たれている。

 

「……やあ、お兄さん」


 九十九は意を決して、彼に問うた。そして、男の席の正面に座る。


「よかったら、一緒にお茶でもどうですか?」


 男は、紫色のルージュを称えながら、にこりと笑った。


「……まあ、随分かっこいい女の子にナンパされちゃったわね?」


 男は金髪を短く刈り上げており、優雅に紅茶を飲んでいた。黒いレザージャケットの下には赤いタンクトップを着ており、間から垣間見える肉体から、それなりに鍛えていることが見受けられる。


 そして何よりも、紫のルージュにアイシャドウを引いた目。頬にはチークを施しているのだろう。メイクで整えられた顔には、九十九ですら色気を感じるほどである。


「……お兄さん、で良かった?」

「ええ、構わないわよ。生物学的なものだもの、仕方ないわ」

「私は九十九って言うんだ。あなたは?」

「マリリン、って呼んでもらえる? これ、名刺」


 そう言ってマリリンと言う男は、九十九に名刺を渡す。街の歓楽街にある、いわゆる「ゲイバー」と言う奴だ。


「お店やってるんだ」

「ええ。あなたもでしょ?」

「……さすがに、同業者だもんね」


 九十九も、執事喫茶の名刺を机の上において、マリリンへの方へとずらした。


「ツクモちゃん、ね」


 名刺を眺めるマリリンに九十九はにこやかに笑いかけながら、警戒は怠れなかった。なにしろ、ここは教室のど真ん中である。下手に刺激してここで例のマグマ化なんぞされようものなら、被害が甚大になるのは間違いない。そして、残念ながら、九十九にはそれを防ぐ手立てはなかった。


「そう言えば、なんだか少し騒がしかったわね」

「え?」

「なんでも、変態が出たんですって?」

「へえ……怖いね」


 変態と言うのはおそらく(マリリンに放置された)蓮の事なのだが、九十九はあえてとぼけて紅茶を啜った。


「変態って言われて、ちょっとドキッとしちゃったのよ。ほら、私……こんなんでしょ?」

「そんなことで気にするような時代じゃないよ。最低限のモラルさえ守れば、みんな平等であるべきさ」


 九十九の、この言葉は本心だ。彼女自身も、修行していた時代には「女らしくない」などとよく言われたものである。

 彼女の場合は、それをバネに体術を極めたわけだが。


「あら、優しいのね」

「じゃなきゃ、あなたに声を掛けたりしないよ」


 そうね、とマリリンは笑って、紅茶を飲み干す。


「さて、と。じゃ、文化祭も一通り回ったことだし……」


 次の瞬間、マリリンの魂から放たれるプレッシャーが、猛烈に勢いを増す。


「――――――全部、焼き尽くしちゃいましょうか?」


 彼の右腕が赤く変色し、高温を纏い始める、その瞬間。

 机を蹴り上げた九十九に、視界を遮られる。


「っ!?」


 一瞬視界が真っ白になったことに驚くも、その直後に、マリリンの顔面に黒い革靴の底がぶち当たる。

 机を貫いた九十九の蹴りが、そのままマリリンを後方へと吹き飛ばした。


「き……きゃあああああああ!」


 教室に悲鳴が上がるが、途端にその悲鳴はしん、と静まり返る。


「……あれ?」


 気付けば、先ほどの二人の姿は、どこにもなかったのだ。


********


 マリリンが倒れた場所は、人気のない岩場だった。特撮番組でよく出てくるような、工事現場のような場所である。


「……ここなら、燃えるものはないからね」


 どこからか現れ、ジャケットを脱ぎ捨てた九十九は、構えを取る。


「……やっぱりあなた、気づいてたのね?」

「――――――何を隠そう、例の変態は私の知り合いでね」

「あらそう。彼、可愛かったわよ? だから、いっぱいチューしちゃったわ。ふふふ」


 マリリンはうっとりするように、紫のルージュを撫でる。なるほど、蓮に付着したのは彼の口紅なんだろう。


 つまりは、蓮はこのおっさんにキスされまくって気絶したのだ。間抜けと言うか、何と言うか。


「……一応聞くけど、エンヴィート・ファイバーって言うのは知ってるよね?」

「……ま、コレの事でしょうねえ」


 マリリンはそう言い、レザージャケットを脱いだ。その光景に、九十九は目を疑う。


 赤いタンクトップに、ぎょろりと黒い目が付いていたのだ。

 そして、彼女の霊視に、マリリンと重なるように、タンクトップの魂が見える。つまりは、あのタンクトップこそが、エンヴィート・ファイバーと言う奴なのか。


「フリマで買った服が、まさかこんなものだなんてねえ。脱ぎたくても脱げないのよ」

「……その割には、随分落ち着いてるね」

「ま、この服着てて、悪い気分になることが少なくなってね。私うつ病だったんだけど、これ切るようになってから落ち込まなくなったのよ。そう、「エンヴィート・ファイバー」って言うのね。初めて知ったわ」

「先日、町で人を焼き殺したのもお前だな?」

「お得意さんだったのよ。それで、ちょっと好きだったの。でもねえ、これから女の子とデートだって、笑いながら言ったのよ。ひどいと思わない?」


 そう言いながら、マリリンのタンクトップはめきめきと形を変え始めた。タンクトップから、全身を覆う、黒光りのアーマーのような姿になる。

 先程と変わらない胸の位置のモノアイがぎょろりと光ると、マリリンの全身から高熱が噴き出した。


「……でも、そうねえ。そういう名前なら……今の私はそうねえ、「エンヴィート・ウィッチ」。なんてどうかしらね?」

「……知らないね!」


 九十九はそう言い、左手に変身ブレスを構える。「蟲忍変化!」の掛け声とともに、彼女は漆黒の跳忍とびにん、イナゴニンジャーへと変身した。


「あら、かっこいいわね!」


 まるで変身ヒーローのような九十九の姿に、マリリンは興奮を覚える。


「……でも、ヒーローにしては、ちょっと地味じゃない?」

「バッタほど日本に浸透しているヒーローもいないと思うけど?」


 互いに軽口をたたくと同時、拳と拳が交差した。

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