9-ⅩⅩⅥ ~終わらせられない、文化祭!!~
「口紅!?」
『はい。たぶん、紫系のルージュだと思うんですけど』
シグレは先ほどの発見を、早々にエイミーに報告していた。発見、即、相談。それができる文明の利器があるというのは、なんとも良い時代である。
蓮の容態を確認していたシグレは、触ったことであることに気づいた。それは、青痣と思っていた部分が、触れたことによって元の肌色に戻ったのだ。うっすらとしかついていなかったので最初は気づかなかったが、それは身体の内側でなく、外側にあって見えていた色だったのである。
「なんで口紅なんか、蓮についてるんだ?」
『そこまでは分かりませんけど……ただ、そう考えると、彼の身体にダメージは全くないですね。火傷の跡がありましたけど、治ってたし』
推定では、生きた溶岩みたいな奴と戦っていたはずだが。それでその程度で済むというのは、やっぱりおかしな耐久力としか言いようがなかった。
『とにかく、そう言う事ですので』
「……わかった」
「蓮さんに……口紅?」
エイミーとシグレの通話を横で聞いていた愛は、嫌な想像をした。口紅が付着するなんて、もう完全にキスしか考えられなかった。
「蓮さん、誰かにキスされたってこと……!?」
「気をしっかり持て! それどころじゃないだろ今!」
ショックのあまりちょっと貧血になりかける愛を、エイミーが檄を飛ばして持ち堪えさせる。
「ともかく、安里たちにも共有した方がいいだろ」
「そ、そうだね」
愛はグループラインから、安里に通話を掛けた。安里に事を説明すると、『そうですか、ではあの二人には僕から共有しておきます』と返事が来る。愛は、萌音と九十九の連絡先を知らなかった。
パタパタと走る愛とエイミーの二人を、文化祭でにぎわう人々が訝し気に見つめてくる。
「呑気なもんだな、こんな大変な時に」
そう言うエイミーの腹が、ぐううううううう、と盛大に鳴る。
二人が走っているのは、特進科校舎と普通科校舎の間の広場だ。ここはクラスではなく、主に部活の出し物が中心となっている。
運動部系の出し物と言えば、屋台だ。チキンステーキやお好み焼き、さらにはたこ焼きなど、まるで縁日のようにジャンクフードが鉄板の上でうなりをあげている。
その音や匂いは、人間の食欲をおおいに刺激した。それは、宇宙の彼方をルーツとするクレセンタ共和国人であるエイミーにも通ずる。
「……エイミーさん……」
「食ってる場合じゃないだろ。行こう」
「でも……」
愛はいったん立ち止まり、エイミーを見やる。
朝を抜いてきたのか、エイミーの腹の音は一向に鳴りやむ気配がなかった。
「……なんか食べよ? 落ち着かないでしょ」
「でも……」
「……何してるの、あなたたち」
もう赤面までしているエイミーの腹の音を聞きつけてか、見覚えのある顔がやってくる。
「あ、十華ちゃん」
「平等院さんと呼びなさい。……なに、お腹すいてるの? なんか買えばいいじゃない」
「……そう言うわけにもいかないんだよ」
エイミーはぎろりと十華を睨むが、そんな眼光にはひるまない。彼女は市議の娘にしては、やけに修羅場の経験数が多かった。
「……あのね、別にここは中立地帯みたいなもんじゃないの。そんな片意地張らなくても……」
「ち、違くてね? その……」
「ほら。買ったけどあげるわ」
十華はそう言い、エイミーにパックに入ったチキンステーキを手渡した。
「バスケ部はクレープ屋台やってるから、良かったら食べに来なさい」
じゃ、と言って彼女は颯爽と去ってしまった。
「……な、何だアイツ……?」
ぽかんとしながらも、エイミーは一口でステーキを呑み込む。多少は腹の虫も、鳴りを潜めたようだ。
「……十華ちゃん、部活の方もやってたんだ」
ただでさえクラスの準備で大変だったろうに。つまりは、それだけ彼女も今回の文化祭を楽しみにしていたという事だろう。
「……やっぱり、中止しないとダメかな?」
「愛?」
ぽつりと愛が言った言葉に、エイミーはギョッとする。
「みんな、一生懸命準備したのに……」
「おいおい、命の方が大事だろ」
愛はなんだか、無性に腹が立っていた。自分達だって、特進科に勝つためだけであんなに大変な準備をしたわけじゃない。
単純に、文化祭を成功させたいから頑張ったのだ。
それを、たかが宇宙生物なんかに邪魔されるなど、天が許しても愛が許さない。
「……私、やっぱりヤダ!」
「え?」
愛が決意を固めた顔をすると、エイミーはその顔に見覚えを感じる。
(……蓮みたいな顔するな、この女……)
それは、蓮が「気に食わねえ」と吐き捨てた時と、ほぼ同じ顔である。
そして、愛は一目散に走りだす。
目的地は、普通科の教室。
その一角でメイド見物に飽きて寝ている、霧崎夜道のところだ。
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