9-ⅩⅩⅤ ~マイルドに見えて事態はかなり逼迫しています。~

 桜花院女子養護教諭、シグレはつかの間のティータイムとお茶菓子に舌鼓を打っていた。特進科のメイド喫茶が出している、特注の高級チョコレートである。これがまた、紅茶に合うのだ。


 文化祭は盛況。それは大いに結構。何だったら体育祭と異なり、ケガ人なんぞ早々出ないのが、文化祭の良い所である。


 このまま、優雅に一日目が終わる――――――そうなることを、彼女は願っていたのだが。


「急患だシグレ――――――っ!」


 かつての上司であり、現在はルームメイトであるエイミー・クレセンタ含む一同が保健室に駆け込んできたことで、彼女の優雅なティータイムは終焉を迎えることとなった。


「……なんですか姫様」

「だから、急患だって!」

「はあ。誰が? どんな症状で?」

「こいつだ」


 エイミーは、肩に抱えていたパンイチの紅羽蓮を、ベッドに寝かせる。


「え……ちょっと! 何連れてきてるんですか! 彼、出禁でしょう!」

「うるさい緊急事態だ!」


 一括されたシグレとともに、エイミー、愛、安里、そして事態を聞いた九十九と萌音と、全員で蓮を囲む。

 蓮は白目を剥いて気絶しており、一向に目覚める気配がなかった。


「れ、蓮さん……!」

「にわかには信じられないな、葉金兄と互角以上に闘えるこの男が負けるなど……」

「しかも、こんな恰好で倒れているなんて……」


 そう言い、女性陣は顔を背けつつも、チラチラと蓮の裸体を見やる。

 思わず見とれてしまうほどに、きれいに腹筋が割れていた。


「……この細身で、よくもまああんなパワーがあるもんね」

「あら、胸筋も結構ある」

「ここぞとばかりにおっぱいを触らないであげてください」


 安里が、ぺたぺたと蓮のおっぱいを触る蟲忍衆をたしなめる。


「しかし問題は、誰がやったのかだ。その……エンヴィート・ファイバー、だったか?」

「そうなんですよねえ。同じ最寄り駅の範囲内で戦ってたし、移動していたとしてもおかしくはないのですが」


 仮に戦いながら移動したのなら、もっと喧しかったはずだ。そして、それに安里が気付かないわけがない。

 つまり、この近くに来た時には、もう蓮は倒されてしまったという事だ。


「……え、ちょっと待ってくださいよ!? つまり、蓮さんを倒せるくらいとんでもない怪物が、この文化祭に来ているってことですか!?」

「そうなりますねえ」


 愛の問いかけに、安里はすっぱりと答える。ここでまごついたこと言ったって仕方ない。


「相当ヤバいじゃないですか!」

「そうですよ、相当ヤバいですよ」


 もし、先日の事件のように、熔けた死体なんぞが文化祭中に出てきたりしたら……。それこそ、文化祭どころの話ではなくなる。蓮が倒されたという事実も加えれば、「え、コレ、世界の危機じゃね?」レベルの重大案件だ。


 とにかく、一刻も早くエンヴィート・ファイバーを見つけなければなるまい。

 だが、肝心のEサーチャーは行方不明になっていた。


「うーん、蓮さん、持ってたりしないですかね?」


 そう言って安里はパンツの中を覗き込むが、特にそういったものは見つからない。あと、所持できそうな所と言えば……。


「……体内?」

「え、蓮さんの!?」


 じっと、うつ伏せにされている蓮の尻を、全員が眺める。ごくりと生唾を呑み、数秒の間、彼の双丘への凝視が続いた。


 やがて、安里がため息をつく。


「……いや、ないですよ。蓮さんがそんなことするわけないでしょう」

「そうだよなあ、普通は考えつかないし。それに痛いんだよなあ、あれやると」

「異物感も半端ないもんねえ。トイレにも行けなくなっちゃうからね、うっかり出したらまずいし」


 まるで経験があるように話す九十九と萌音の発言に、周囲は若干凍り付いた。


「……ともかくですよ。こうなってしまった以上、何とかして見つけ出さない限り大惨事ですよ」

「そ、そうですね。というか、まず文化祭を中止させないと……!」


 焦る愛の言葉はもっともである。死人、しかもお嬢様の誰かがなんてことになったら、それこそ桜花院は終わりだろう。


「理事長に掛け合って、警戒態勢を整えましょう」

「私と萌音は、独自で怪しい奴がいないか探すよ」

「ええ。もしかしたらわかるかもしれないし」

「え、えーと……私は……」

「とりあえず、刀を取りに行こう。持ってきてるだろ?」

「う、うん」


 エイミーのアドバイスに、愛は頷いた。

 夜道が「俺もせっかくだからとやらを見て見たい」とごねたので、夜刀神刀は教室に置きっぱなしだ。


「シグレは、蓮を頼む。もしかしたら、起きるかもしれない。そうしたら、エンヴィート・ファイバーの姿を見ているからな」

「そうね。……というか、見つからないようにしないと」


 出禁の蓮が特進科の誰かに見つかっても、かなり大事になるのは間違いなかった。ましてや、今の蓮はパンツ一丁だ。「変態」のレッテルまで貼られる必要性はないだろう。


「それじゃあ、みなさん。生きて会いましょうね。敵が今、どこにいるかわからないので」


 散、と安里が声をかけるとともに、蟲忍衆二人の姿が消える。あとを追うように、愛とエイミー、そして安里も保健室を飛び出した。

 残されたシグレは、蓮を隠すようにベッドのカーテンを広げる。


 その際、ふと見やった蓮の身体に、何か違和感があった。


(……あら?)


 先程までは気づかなかった、ほんの少しの違和感。蓮の身体を触り、シグレの勘はさえわたった。元々、帝国のスパイをやっていた彼女だ、頭のキレは鋭い。


(まさか、これって……)


 それを伝えようとした時には、保健室には彼女と蓮の二人だけになっていた。

 皆、足早に出て行ってしまったのだ。

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