9-ⅩⅩⅣ ~文化祭に不審者現る!?~

「何ですかコレは、地獄?」


 スマホの画面から、燃え尽きた町の様子を見やっている安里が呟いた。

 ちなみに「スマホの画面から」とは、別に画面越しに、と言うわけではない。自分のスマホに首を突っ込み、ビデオ通話中の朱部のスマホ画面から、顔だけ出して肉眼でその光景を見やっている。


 紅羽蓮と一向に連絡が着かないから、業を煮やして朱部に確認に行かせたら、ご覧の有様である。


現実リアルよ」

「いや、見りゃわかりますけど……」


 朱部の持つスマホから飛び出た生首はきょろきょろとあたりを見回すが、蓮の姿はない。こんな大惨事になっていて、彼が関わっていないのは流石に考えられないのだが。


「何かと戦闘したのは、間違いないでしょうねえ」

「何かも何も、エンヴィート・ファイバー例のアレ以外にないんじゃないの」

「そうなんですけど……だとしたら、これは……マズいですねえ」


 朱部が拾い上げたものを安里が額に当てると、「同化侵食」を行う。あくまで組成物質を調べたに過ぎないが、それでも予想をはるか斜めに超えていた。


「これ、溶岩じゃないですか。さすがに生きたマグマとは予想外だなあ」

「この間、そう遠くない公園で不審な焼死体があったわね、そう言えば」

「あー、ありましたねそんなん」


 焼けたというより、熔けたと言った方がいいだろうか。なるほど、超高温のマグマによるものだとすれば、それも納得である。


「それにしても、蓮さんはどこに行っちゃったんでしょう」

「……安里君、見て」


 朱部が示した場所。そこを見やると、何やら見覚えのある色のものが、風にそよいでいる。


 赤いそれは、見間違おうはずもない。蓮の普段着ているTシャツだ。


「……いやいや、いくら何でも早計でしょう。これが蓮さんのTシャツである根拠なんて、どこにも……」


 拾い上げて同化してみる。蓮のものだった。


「いや、なんで?」


 意味が分からず、安里は首を傾げる。なんで町の往来で服脱いでんだろう、彼は。


「アレですか? バトル漫画でよくありがちな、なんだかんだで脱いじゃうやつですかね?」

「単純に服燃えるのが嫌だっただけじゃないの」


 そう言いながらあたりを見やってみれば、今度はスニーカーが転がっている。これも見たことのある、蓮のスニーカーだ。


「……同じメーカーで別人のものって線は……ないですね」


 しかし、嫌な想像が脳裏をよぎる。いくら服が燃えるのが嫌とはいえ、裸になりながら戦っていたというのか。


 もし、今も戦い続けているとしたら……。


「公序良俗違反ですねえ」

「万が一の時に備えて、彼の雇用契約切っといた方がいいかしら」


 町の往来で素っ裸で戦う蓮の姿に、「逮捕」「前科」の言葉が浮かんできた。それでパクられでもしたら、そんな奴を雇っている安里探偵事務所のイメージにも、多大なダメージであることは間違いないだろう。


 普段安里のやってることの方がよっぽど悪どい、と言うのは棚の上に放置したうえでの発言である。


「しかし、こんな様子じゃせっかくの探知機もどこにあるのやら」


 あたりをいくら見回しても、探知機がありそうな気配はない。蓮が持ったまま戦っているのか、はたまたマグマで熔けてしまったか……。結構な手間をかけて作ったのに、モガミガワの苦労も水の泡だ。


「ジャケットにでも入れてたんですかねえ? それなら希望はありそうですが」

「どうだかね」


 それら一切の痕跡は、炎くすぶる町の中にはなさそうだった。


********


「やれやれ、面倒なことになってますよ」


 スマホから顔を戻した安里は、桜花院普通科校舎の端っこにいた。そりゃ、スマホ画面に文字通り首を突っ込んでいる様など、教室で見せるわけにもいかない。


 というか、こんな近所で大規模な災害が起こっているのに、呑気に文化祭などやってる場合だろうか。そうも思ったが、蓮があの場にいなかったという事は、何とか相対していると考えてもいいだろう。であれば、問題はなさそうではあるが――――――。


 そう、安里が浅慮に走ろうとした時だ。


「――――――へ、変態よ――――――――――――っ!!」


 女子の甲高い悲鳴が上がる。何事かと、ぞろぞろと教室から女子やら来客やらが顔を出した。危ない危ない、今顔を突っ込んでいたらアウトでしたね。


 兎も角叫んでいる女子の下へと赴き、安里は「何事ですか?」と穏やかに尋ねた。


「そ、そ、そ、そこに、変態が……!」


 女子が指をさすのは、窓の外の草むら。結構距離がある。ちょうど、「紅羽蓮禁止」の看板があるあたりだろうか。そこで、何かがぴくぴくと動いていた。


 ――――――人間の、足だ。しかも、すね毛が生えているあたり、男。


「……ちょっと見てきます。皆さんはここにいてください」


 率先して見に行った安里は、その場で凍り付いた。


「―――――――っ!?」


 彼がここまで動揺するというのも、ある意味珍しい事である。目の前の事態以外で安里が驚くと言ったら、それこそ目の前に、沖縄にいるはずの親族が現れたりした時だけだ。


 そんなことと同じくらい予想外の出来事が、目の前で起こっていた。


「――――――蓮さん!?」


 なんと、倒れていたのは、真っ赤で刺々した髪の、安里が知る限り「最強」の男だ。


 そんな男が、青ざめた顔と赤いボクサーパンツ一丁という、とんでもない姿で倒れていたのである。

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