9-ⅩⅩⅡ ~開幕、桜花祭~

「……なんか、変な音しない?」

「え?」


 いよいよ文化祭まであと1時間。桜花院女子の生徒たちは、皆一同に最後の準備に駆られていた。クラス展示は展示品の最終レイアウト確認、クラス映画は映画上映の確認など。


 普通科2―Aも同様である。主に、撮影したパネルの掲示だが。


 そんな中、エイミー・クレセンタと立花愛は、妙な音を聞いた気がした。


「気のせいだろ?」

「かなあ……」


 首を傾げつつ、パネルを準備する。それは、自分達の等身大パネルだ。安里が撮影したものを、背景を切り抜いた形をしている。


「セッティングできたら、これ首に掛けて!」


 女子生徒から渡されたのは、「ただいまあなたのメイドです♡」と書かれたプラカード。それを看板の首に掛けると、何ともなまめかしい雰囲気の立て看板の出来上がりである。


「……結局、三刀流は没になったんだ?」

「そりゃそうでしょ……明らかに場違いだもん」


 当時はノリと勢いで撮影に臨んでしまったが、冷静に見直していたところ、「やっぱないな」という結論に至ったのだった。


「……なんですか、これは!?」


 不意に後ろから声がしたので振り返ると、そこにはものすごく嫌そうな顔をしている実行委員長と、どういうわけか平等院十華の姿があった。


「あ、平等院さん」

「……こ、こんな看板、作るなんて聞いてないんですけど!?」

「そりゃ、言ってませんからねえ」


 ひょっこりと、教室から安里修一が顔を出す。最後の内装のデザイン調整などで、手伝いに来てもらっているのだ。ついでに、安里夢依も彼の下から顔をのぞかせる。


「……む、村田修一……!」

「まーまー、湧き上がる怒りは抑えて抑えて」


 その原因となる安里が言っても何の効果もないのだが、とりあえず十華が後ろから「委員長、ステイ!」と言って羽交い絞めにすることで、この間のようなことはなく済んでいる。


「……だ、大体、不健全ですこんな……こんな……」

「別にいいじゃないですか。風俗嬢の写真ってわけでもなし」

「ふっ……!?」


 安里の開幕のブッコミに、委員長の顔がばっと赤くなった。


「と、とにかくこんな不埒なもの、片付けてください!」

「ええ? 別に、やましい恰好なんてしてないですよ」

「こういう、看板自体が、やましいんです!」

「ダメだよ委員長、この人に口げんかで勝てる気しない……」


 ずるずると委員長を引きずりながら十華が帰っていく。

 結局何しに来たんだろう、と愛が思った矢先、「ああ、そうそう」と十華が振り向いた。


「私が来たのは、特進科全員の伝言ね。『負けたら約束通り』だって」


 そう言って帰っていく背中を、愛は茫然と見つめる。


 そうだった。忙しさと準備がなんだかんだと楽しくてすっかり忘れていたが。


(……普通科が負けたら私、蓮さんに告白しないといけないんじゃない!)


 絶対負けられない。愛はそう決意を固めた。


 そうして、最後1時間の準備も終わり、桜花院の生徒一同は、特進科用の体育館に集う。


「えーーーーーーーそれでは、第43回桜花祭、ここに開催を宣言いたします!」


 生徒会長のその叫びとともに、女子たちの甲高い歓声が沸き起こる。


 今ここに、桜花院女子校文化祭は開催されたのだった。


******


「あれ? おかしいな」

「どうかしたの?」


 文化祭協力者とはいえ部外者の安里、夢依、萌音、九十九の四人は、教室で待機していた。愛たちが最後の調整を終え、第一陣のお客さんが来るのを見届けてから、事務所に戻る、と言うのが安里の予定だった。


「蓮さん、まだ事務所に戻ってないそうなんです」

「え?」


 留守番を任せるはずの蓮が、まだ事務所に来ていないと、同じく留守番の朱部から連絡が入ったのだ。

 蓮に電話をしたのは、おおよそ30分前。モガミガワのラボから事務所まではそんなに遠くないし、ゆっくり歩いたところで20分くらいだろう。


「……電話にも出ないですね」


 さっきから通話を掛けているのだが、一向に繋がらない。


 さては何かに巻き込まれましたね。彼、作者のお気に入りだから。


 安里はふっと笑うと、夢依たちに向き直る。


「まあ、蓮さんなら問題ないでしょ。僕らは準備を進めましょうか」


 そう言うと、安里は取り出したグラスをきれいに磨き始めた。


******


 鋭い蹴りが交差し、衝撃が走る。余波で、もう周囲一帯はボロボロであった。


 互いに足を振り上げたまま、紅羽蓮とエンヴィート・ファイバーはにらみ合う。


 漆黒のボディスーツに、赤い眼光のようなマスク。口部分は黒くギザギザの牙が露になっている。その牙が、にやりと笑っているように見えた。


(……くそったれが!)


 そう心の中でぼやく蓮は、どういうわけか半裸だった。上着と、先ほど焼けて穴の空いてしまったTシャツは脱ぎ捨てられ、ズボンのみ。なんなら裸足である。

 理由としては、単純明快。


 コイツと戦ってると、服がダメになる。本当はズボンやパンツも脱ぎたいくらいだったが、一応ここは外だ。人間として、本当に必要最低限の譲歩である。


 だが、そこは最強の紅羽蓮。幸いなことに、人に見られて恥かしい肉体、と言うわけではない。太ってもいないし、ちゃんとした人並みちょっと上くらいの筋肉質である。この男、パワー・スピードの割に細マッチョなのだ。


 そんな蓮の身体から放たれる打撃は、必殺であった。


「おらあ!」


 瞬間移動のごとく懐に入り込み、音速すら超える速度で正拳突きを叩き込む。

 当然ながら、そんな物をまともにくらって、全くの変化がないはずがない。


 エンヴィート・ファイバーの腹部は、風穴を空けて吹き飛んだ。


「……ちっ!」


 だが、舌打ちしたのは蓮の方である。そして、エンヴィート・ファイバーは、丸で何事もないかのように、拳を振り下ろす。

 バク転して躱すと、すっかりひび割れまくったビルの残骸のコンクリが、一気にはじけ飛んだ。


 それだけではない。拳が突き刺さった部分のコンクリはみるみる濃い色へと変色していき、やがて固体の形状を保てなくなる。ドロドロと溶け落ちる拳を引き抜くころには、同じくドロドロに溶けた風穴が塞がっていく。


 拳を突き入れた感触からして、蓮は確信していた。


(……コイツ、溶岩か!)


 触れるだけで大火傷ものの超高温。蓮の身体は強靭故にさほどダメージはないが、全身がドロドロに煮えたぎるマグマに、自由自在に変形するのである。


 当然どろどろのゲル状なので、蓮の打撃も大したダメージにならない。精々体積を減らすくらいの事しかできないうえに、それもすぐに元通りになってしまう。どうやら、自分の身体を自由自在にマグマに変化させる能力があるらしい。理屈は知らんけど。


 先程の回し蹴りで頭が吹き飛んでも平気なのは、それが理由である。

 そして、それは蓮にとっては非常にまずい事でもあった。


「……どーすっかな」


 単純に、殴る蹴るが効かないのだ。蓮が最も得意とする事であり、逆にそれを封じられると蓮は一気に手の打ちようがなくなってしまうのである。


 つまり、蓮の「最強」はほとんど奪われた、という事だ。

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