9-ⅩⅩⅠ ~嫉妬繊維の怪人~

「――――――これが、エンヴィートファイバー探知機。通称『Eサーチャー』だ」


 グロッキーになりすぎて、もはや骨と皮だけになりかけているモガミガワから、蓮は困り顔でそれを受け取った。

 下っ腹だけが膨れていたような不健康な体型だったのに、今はその貯蔵分も消費してすっかりがりがりだ。むしろ、こっちの方が健康的なのでは? と蓮は感じた。


「常に一定量のH・F・Eを放出する。逆にそれに対する反応を、こいつは探知する仕組みだ」

「へー……」

「それ持ってとっとと探して来い。……俺は寝る」


 そう言い、彼はフラフラと自分の仮眠室へと戻っていってしまった。


 理由はどうあれ、ああまで消耗されるとちょっと申し訳ねえな。


 なんか差し入れでも持ってきてやればよかったと少し後悔しつつ、蓮はモガミガワのラボを後にした。


「……おう、俺だ。一応ブツはもらったぞ」

『ご苦労様ですー。僕、これから桜花院に向かうんで、試運転がてら事務所に行ってもらっていいです?』


 安里の電話での指示に、蓮は渋々ながらも了承した。まあ、早起きしてしまったし、どうせこんな探知機を持って家に帰るのも嫌だったので、別にいいのだが。


『……あ、言っときますけどこっちは……』

「わかってるよ、俺ぁ出禁なんだろ」


 そう言って電話を切った。あの野郎、最後の一言は絶対俺に言わせるためにわざと言いやがった。帰ってきたらシめる。


 そう決意を固めて、蓮は事務所への道を歩いている。


 桜花院女子と安里探偵事務所の最寄り駅は一緒だ。つまりはそう遠くないところにある、という事になる。


(……そういや、あのエロ忍者どもも一緒なのか)


 葉金のところに居候している女忍者が、夜な夜な葉金と行為をしているというのは、綴編高校の不良男子どもの間でももっぱらの噂だ。


 一応葉金にその旨を聞いたことがあるのだが、あまりにも普通に「してますが?」と返されてしまった。


「萌音の奴が、最近やたらと房中術の修行をしたいと言ってくるものですから。まあ、他の術の修行もしているようですし、付き合えと言われれば面倒は見ますよ。暇だし」


 アイツもアイツで案外天然なところがあるしなあ。まあ、詩織の姉貴分らしいし、実力も一応多少は知っている。何かあっても問題ないだろうが。


(……いや、そもそも文化祭で何かあったら、それはそれでやべーよな)


 頭の中で、そんな思考をぐるぐるさせていた時だ。


 ――――――不意に、蓮のポケットから、甲高いアラーム音が鳴り響いた。


「うおわああ!?」


 突然の音に、さすがの蓮も驚く。まるで防犯ブザーのようなその音は、周囲の人々の注目を集めるには申し分ない音量だった。一斉に、周囲の人々が蓮の方を見やる。


「す、すんません……」


 誰に謝るわけでなく、蓮はそう呟くとポケットから音源を取り出す。


 ――――――Eサーチャーが、ランプを点滅させていた。


「あ?」


 蓮は一瞬理解が及ばなかったが、すぐにはっとなる。


(……まさか――――――!)


 近くに、いるのか!?


 そう思い、周囲を見回した直後だ。


 ――――――蓮の頭上へと、何かが超高速で突っ込んできたのは。


********


 突っ込んできたものは、人型の物体だった。漆黒のボディスーツのようなものに、全身が覆われている。


 跳び蹴りでの突進は、周囲の者を吹き飛ばすほどの衝撃波を巻き起こす。衝突点の中心から、かなりの範囲にわたり、道路のアスファルトが吹き飛ぶ。破壊の衝撃で停車した車が大破し、周囲の人々も思わず倒れこむ。


 だが、中心にいた蓮だけは、全くの無傷である。突き出された足を、右腕で受け止めていた。


「……怪人か!?」


 漆黒の怪人はすぐさま飛んで距離を取ると、再び蓮を狙う。

 その狙いは、彼の持っているEサーチャーだ。


「……こいつに釣られて来たのか」


 腕を伸ばして突っ込んでくるソイツに対し、蓮は身体をひねって躱しつつ、回し蹴りを入れる。

 普通の怪人が食らえば、気絶して当分動けなくなるような蹴りだ。


 だが。


 確実にヒットすると思われた回し蹴りは、空を切った。


「あ?」


 同時、怪人の返しの蹴りが、蓮の腹を捉える。


 その蹴りは凄まじい衝撃ではあったものの、蓮の腹筋を破壊するには到底至らない。


「そんな蹴り、効かね……」


 そう、蓮が言いかけた時だ。


「……ん?」


 彼の鼻をくすぐる、妙に焦げ臭いにおい。さらには、じゅう、と何かが焼ける音。

 ちらりと下を見やれば、蹴られている腹の部分から煙が上がっている。


「うわああっ! あっち!」


 咄嗟に飛び退り、蹴られた部分を見やる。服が焼けて、穴が空いていた。幸い、露になった蓮の腹部は多少赤くなっているだけである。


「あ! 気に入ってんのに……!」


 Tシャツが燃えたことにショックを受けるが、そのTシャツはアウトレットで500円くらいで売っている安物なので特に問題はない。


 問題は、むしろ目の前にいるコイツだろう。

 体勢を戻し、ゆらりと立ち上がる。


「……コイツ……」


 コイツがエンヴィート・ファイバーであることは間違いないのだろう。でも、確か糸みたいなちっさいものじゃなかったのか。蓮よりも一回り大きい、人間大サイズだし。何より、人型なんだけど?


「……思ってたのと違うな、オイ!」


 まあ、未知の宇宙生命と言う話だし、何だったら初接触なので、予想外のことが起こるのは当然と言えば当然なのだが。予想外の方向がちょっと奇天烈だと思わなくもない。


 エンヴィート・ファイバーであろう怪人は、構えを取った。何か武術の経験でもあるのだろうか、なかなかに様になっていた。


「……ちっ」


 蓮は舌打ちし、考えるのをやめた。何にせよ、ここに目的の奴がいるのなら、ここで倒してしまえばいいだけの話だ。

 幸い奴の狙いはEサーチャー。だったら、自分がこれを持っている限り、逃げるという事はないだろう。


「……ここでてめえをぶっ飛ばしゃ、それで終わりだ」


 車が燃え、電柱が倒れる中、両者は激突した。

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