9-ⅩⅩ ~文化祭の朝に~
Dr.モガミガワがエンヴィート・ファイバーの探知機を完成させたのは、夜中の3時であった。
「……で、電話を……」
朦朧とする意識の中、必死にスマホを手繰る。もはや、視界に映っているのはぼんやりとした形状のみ。
それでも何とかスマホにありつき、連絡を入れる。だが、いつまでたっても電話に出る気配はない。
それも仕方ない事なのだ。なにしろ、夜中の3時なのだから。
力尽きたモガミガワは机から落ちるように、崩れ落ちて眠りに落ちた。
********
「……と、言うわけで、取りに行って来てください」
「……あ”?」
スマホを片手に、もう片方の手を飼い犬のジョンの背中に回し、撫でている蓮は、こめかみに青筋を立てていた。現在時刻は、朝の5時である。
いつもなら朝の6時にジョンが起こしに来るはずなのだが、安里から緊急の電話が入ったせいで1時間も早く叩き起こされたのだ。
この時間だと、家族だって誰も起きていない。起こすのは偲びないので、足音を立てないようにそろりと階段を下りる。一階リビングに降りると、冷蔵庫から牛乳を取り出し、一杯。これが、蓮の毎朝のルーティーンだ。
「……蓮ちゃん……?」
ぱっと声のした方を振り向くと、眠そうに眼をこする、パジャマ姿の母の姿が。42歳の母親の、薄ピンクのパジャマの襟が崩れている様を見て、蓮はため息混じりに牛乳を飲み干す。
「今日、早いのね?」
「呼び出し食らってな。朝飯いらねーわ」
「そう? パンくらい食べたら?」
そう言って母は食パン一枚と、家にいつもおいているチョコレート・クリームを手に取る。蓮は少々考えたものの、さっさと食パンにチョコを塗りたくって一息に食べた。
「はい、口拭いて」
「自分でできるっての」
受け取ったティッシュで口を拭きながら、蓮は外出の準備をしていく。歯磨き、顔洗い、あと若干の髭剃り。蓮は髭が薄い方だが、最近は毎朝剃らないと、ほっといたらぼうぼうになりそうだ。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
母は蓮がいなくなったのを見送ると、うーんと身体を伸ばした。
今日は土曜日なので、翔と亞里亞が起きてくるのは昼前だろう。
「ったく、あのヤローめ……」
時間くらい考えろっての。大体こっちはテメーらと違って昼型人間なんだっての。なんだ、朝五時に今すぐ来いって。ふざけてんのか。
全く摂取したカルシウムが意味をなさないまま、蓮はずんずんと道を歩く。
大体今日は土曜日だ。探偵事務所のシフトだって、午後からである。本来なら、昼までぐっすりコースだったというのに。
……などと、怒っていても仕方ないのは、蓮自身もわかってはいるのだが、それはともかくムカついていた。
朝五時では始発もないので、仕方なくとぼとぼと誰もいない道を歩く。
本当は全速力で走ったり家の上を跳んだりすれば早く着くが、あんまり急ぐと喧しくなってしまう。休日でぐっすり眠っている方々に対して、それは申し訳なかった。
(……散歩だと思うか、うん)
そう思い込むことにして歩く中、商店街へと入った。いつぞやの野球対決で少年野球チームと揉めていた、あの商店街だ。
商店街は意外というかなんというか、結構人がいた。まあ、大概は酔っ払いだったりで、ぐったり寝てるじーさんばっかりだけれども。
そう言えば、この商店街に来るの、だいぶ久しぶりなような。ガキの頃に来て、それっきりではなかったか。
「……ん」
ふと目に入ったのは、商店街のシャッターの隣、定食屋の壁に貼られている貼り紙だった。
『第43回 桜花祭』
桜花院女子の文化祭のチラシである。こんなところにも貼ってたのか……。
しかも日付を見やれば、スタートは今日からではないか。
「……なんだよ、今日じゃねえか」
以前動けなくなっていた愛を十華に任せてから、なんだかんだと顔を合わせる機会がなかったせいか、すっかり忘れていた。
「ん? 何、そのチラシの事?」
ふと声を掛けられて、蓮はぱっと見やる。店の主人であろう女の人が、箒とちりとりを持って立っていた。
「これねー。桜花院の子が、『お願いします!』って頭下げてくるもんだからさ。つい、押し切られて貼っちゃった」
「はあ……」
「でも、こんなさびれた商店街にまでチラシ貼るって、何の意味があるのかねえ」
女主人はそう言ってあははと笑っていたが、すぐに仕事モードに切り替わる。彼女は蓮の足元に箒を置くと、「悪いね」と言って掃除を始めてしまった。
蓮もそれ以上特に何か言う事もなく、その場を去る。
早起きな人もいるもんだ。自分を棚に上げて、蓮はシャッターの閉まり切った商店街を横切っていった。
********
それから30分もした頃か。
店の前で掃除していた女主人の下に、人影がポツリ。
人影はまじまじと、店の前のポスターを見やっている。
「何さ、今日は早起きの人が多いねえ」
女主人がぽつりと呟いているうちに、人影はフラフラと歩き去ってしまった。
「……なんだろね、アレ」
彼女はそう言うと、昼営業の仕込みのために、店へと入っていった。
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