8-Ⅺ 〜ヘル・ゲーム〜

 リチャードと会ったクラブに行くと、そこに彼はいなかった。代わりに幹部たちが、殺気立って待ち構えている。

 まあ、昨日の今日だ。当然そうなるだろう。


「……お前か、ボスの女を傷ものにしたのは」

「その言い方やめてくんない? 違う意味みたいじゃん」


 そして、幹部は蓮に銃口を向ける。蓮は動じもしない。


「リチャード、いるか?」

「ボスは今日はいねえ。ダニエルと仕事さ」

「ダニエル?」


 アイツ、リチャードと組んだのか? だが、一度足抜けしようとしていたはずのダニエルを、あの見るからにワルなリチャードが引入れたというのか?


「ま、元ボスの相棒だからな。確かに州知事秘書の息子ってのはあったけど、それ以上にあの二人は仲が深いんだよ」


 幹部にどこにいるのかを聞くと、蓮は「わかった。サンキューな」と言って手を振る。


 幹部は銃口を向けてはいたものの、蓮が背を向けても引き金を引くことができなかった。


「それにしても、州知事秘書の息子かあ」


 ニックは地下クラブの階段をのぼりながら呟いた。


「そんないい生まれなら、ドロップアウトなんてしないと思うけどなあ」

「どうだかな。色々あんだろ、どいつもこいつも」


 そう言う蓮の脳裏には、安里修一の顔が浮かぶ。アイツも巨大財閥の御曹司だったが、実家を潰すほどにグレた男だ。


「金持ちだからって幸せってわけでもねえってこった」

「そう言うもんかねえ」

「俺にはわかんないなあ。貧乏だったから」


 Hがおどけた調子で言う。蓮はそれを無視して、さっき幹部からもらった住所のメモを見やった。

 レストランなどが入っている、普通のテナントビルだ。だが、それは表面上に過ぎない。蓮にはなんとなくわかる。


「普通のビルっぽいけど……」

「裏路地があるだろ。そっち行ってみようぜ」


 ビルとビルの隙間を見て見ると、やはりというか、裏口がある。


「あー、あるある」


 似たようなところでバイトしてたこともある蓮には、ビル裏のこういったアングラな感じはどこか懐かしいくらいだ。あの店長、元気にしてるだろうか。


 ドアを開けると、ガラの悪い男が並んで立っている。男たちはじろりとこちらを見ると、ぶっきらぼうに「合言葉は?」とだけ告げた。


「合言葉?」


 そんなの、あの幹部は言ってなかった。嫌がらせだな。


「言えないのか?」


 男たちはニヤリと笑って指の骨をボキボキと鳴らす。


 とりあえず、そいつらには当分眠ってもらうことにして、蓮たちは奥に入った。


********


「――――――既視感あるなあ」


 階段を下りた先にあったのは、巨大な檻に囲まれたリングだった。その中では、半裸の男たちが殴り合いを繰り広げている。それを取り囲む客席では、雄たけびのような歓声が上がっている。


「地下闘技場、かあ」

「うわあ、生で見たのは初めてだ。ドラマの中みたいだよ」


 観客たちは、皆一様に仮面を着けている。こういう連中は、素性の明かせないお金持ちや裏社会の住人達だろう。律義に仮面を着けているあたり、蓮のバイト先よりも格式は高めらしい。


「リチャードは……」


 そう言い、辺りを見回していた時、蓮の眉間に大きなしわが寄った。


「……蓮? どうした?」

「おや、あれは……」


 尋ねるニックに、気づくH。

 Hの目線の先にいたのは、バニーガール姿でオッサンに酒を渡しているレベッカだ。おっさんはレベッカににやけ笑いを浮かべながら、彼女の胸元にチップのドル札をねじ込む。


「レベッカ……! あいつ、何してるんだ?」


 そして、レベッカが仮面を着けずに立ち尽くしているこちらに気づいた。。目を丸くして、慌てて駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっと! あんたたち、何しに来たわけ!?」

「あの黒人ヤローの手下に襲われたから、文句言いに来た」

「……手下? ああ、アイツらか……」


 レベッカの顔見知りでもあるらしい。そして、彼らならやりかねない、という結論に至ったのだろう。彼女はそれ以上何も言わなかった。


「……というか、ここ、見張りいたでしょ。どうやって入って来たのよ」

「話通して来たんだよ。幹部の奴に、ここにいるって聞いたからな」

「……観客席に来る人は、皆仮面を着けるのがルールなのよ。それをしてないってことは、正規のお客様じゃないでしょ」


「わかったわかった、じゃあこれでいいだろ?」


 Hはかぶりを振ると、どこからか仮面を取り出す。そして、自分一人だけさっさと着けてしまった。


「あ、あるなら言ってくれよ!」

「ごめんごめん。蓮も……あれ?」


 ニックに仮面を渡し、蓮にも仮面を渡そうとHが仮面を差し出すが……。その手の先に、蓮はいない。

 蓮はと言えば、観客席の後ろをずんずんと進んでいた。


「おい、お前何で仮面を着けてない……ぐえっ」


 絡んできたガードマンらしき男のボディを拳で一突きし、意識を奪う。ポケットからはみ出ていた仮面の予備をかっさらうと、ずかずか歩きながら着けた。


「……わーお」


 Hは呆れながらも、騒ぎになるのを防ぐために倒れそうな男を支える。そして、柱にもたれかからせて気絶がわからないように立たせた。幸い、皆リングでの戦いに熱中していて誰も気づいていない。


 蓮は一直線に進み、円形の一番端の席にいる男の下へと歩み寄る。

 男は仮面を着けていたが、蓮は男の仮面を無造作にはぎ取った。


「いやん! 何するのよ……!!?」


 そこにいたのは、蓮も見知った顔の男である。


「……れ、蓮ちゃん!?」

「……やっぱり、店長だ」


 かつて蓮がバイトしていた地下闘技場、『LA・ゴーマ』のオーナーだ。確か蓮と麻子(怪人ニーナ・ゾル・ギザナリア)の戦いのせいで闘技場が大破し、商売を畳んだはずだが。


 さっきまでこの人の事を思い出していたのに、何とかすれば影とはよく言ったものだ。


「なにしてんすか、こんなとこで」

「……と、とりあえず仮面返してよ!」


 店長は蓮の手から仮面をひったくると、いそいそと仮面を着け直す。その仕草もあってか、このおっさんのオカマはビジネスではないことがよくわかる。


「ちょっと用事あってアメリカに。店長は?」

「……あなたが暴れた後、借金抱えちゃってね。今は傷心旅行中よ」


 傷心旅行でなんでこんなところに行きつくのか。疑問は絶えないが、顔見知りがいるというのはありがたい。蓮は躊躇なく隣に座る。


「……何もしないの?」

「何で店長に俺が何かするんすか」

「わ、私の借金の取り立てに来たんじゃないの?」

「そんなわけね―でしょ。俺、高校生」


 なんで高校生がアメリカにトんだ奴の借金回収なんぞせにゃならんのだ。そんなことより、学業が優先である。


「なんだ、良かった。蓮ちゃんに取り立てに来られたら、払うしかないもんね」


 店長は安堵したのか、肩を大きく動かして息を吐く。


「気分良くなってきたわ。あ、バニーちゃん、この人にメロンソーダお願い」


 店長は流暢な英語でレベッカにオーダーをする。レベッカが蓮を訝しげに見ながらソーダを渡すと、店長は彼女にチップを渡した。


「再会を祝して」

「そうも言ってられねえんすけど……」


 蓮は言いつつ、ひとまず店長のグラスとソーダのコップを合わせる。


「……俺、ここ来たばっかでよくわかんねえんすけど、わかります?」

「そうねえ。リチャード・ホプキンスがオーナー兼チャンピオンの格闘場ね」


 ホプキンスって苗字なのか。初めて知った。


「チャンピオンって、アイツそんなに強いんすか?」

「あら知らない? リチャード・ホプキンス。元WBAヘビー級のチャンピオンよ」

「はあ?」


 ボクシングというのは、階級が17種類ある。体重によって階級が異なるのは当然なのだが、ヘビー級というのは一番重い階級だ。重戦車みたいな奴がパワーを武器に暴れまわる重量級でチャンピオンという事は、相当な筋力なのだろう。


「ま、素行の悪さで栄光は長く続かなかったけどね。不祥事で引退したから、無敗のチャンピオンってわけ」

「そんな奴がなんでこんなとこでこんなことやってんだ……」

「こっちの方が儲かるからよ。彼、悪趣味だしね」


 そんなことを言っていると、リング内での決着がついたらしい。勝利した男が、敗者の顔を足蹴に勝鬨を上げている。


「あの腕のリング、見えるでしょ」

「リング?」


 言われてみれば。蓮は選手の腕に、黒いリングが着いているのを目にした。


「アレが挑戦者の証。あれを身体に付けた者のみが、あのリングに上がれるわけ」

「……それがどうしたってんだよ」


 蓮がそう言った時、観客が歓声を上げた。ちらりと見れば、勝者は既に去り、敗北した男が倒れているだけである。

 何がそんなに面白いんだ、と思ったら理由はすぐに表れた。


「……が……ががが……っ!!」


 敗者が、途端に身もだえして苦しみだす。遠目からだったが、がくがくと痙攣しているのがわかる。男は次第に顔色も青ざめ、口からブクブクと泡を噴き出す。


 やがて、男はぴくりとも動かなくなる。そうしてやっと、運営らしき黒服たちが敗者の男だった肉の塊をリングから運び出した。


「……なんだ、ありゃ」

「アレが敗者の運命よ。チャレンジャーリングには、負けると致死量の麻薬を一気に注入する機能が着いているわ」


 店長によると、この闘技場の挑戦者は、チャンピオンに挑戦するために5連勝しないといけないらしい。そして、チャンピオンに勝てば一攫千金。だが、一度でも負けると死が待っている。それが、この闘技場「ヘル・ゲーム」なんだそうだ。


「まあ、結局胴元が勝つようにできているんだけど。私たちはあくまで、彼のおこぼれでお小遣い稼ぎをさせてもらってるってわけ」

「借金してんだから、こんなことしてんじゃねえよ」

「私のシノギは、一生モノでこれなのよ」


 得意げに言う店長に呆れていると、リング状にマイクを持った黒服が現れる。見る限り、司会なんだろう。


『えー、皆さん。大変お待たせいたしました。前座はこれでお終い。ただいまより、メインイベント・チャンピオンマッチを行います!!』 


 司会は慣れているのだろう。かなり場を温めるマイクパフォーマンスが上手い。おかげで観客たちは大歓声だ。


『それではまずは、この男からお呼びしましょう。ウェイト240ポンド(約109kg)、元WBAヘビー級チャンピオン。最強無敗の地下の帝王、リチャードーーーーーー! ホプキンスーーーーーーっ!!』


 司会の後ろの入り口から煙が噴き出し、妖艶な女を両脇に抱くリチャードが現れる。量の拳をあげ、観客へのパフォーマンスをするさまはまさにチャンピオンだ。ちなみに、抱いている女は昨日の女とは別の女である。


「相変わらず、派手ねえ」


 店長はおえっと舌を出して払うように手を振る。彼は、こういう金と力に笠を着た奴は嫌いなんだそうだ。そう言えば、経営してた闘技場でもそういう女には容赦なかった。


『そして、今回のチャレンジャーは……なんと、チャンピオンから直々に指名を受けたスーパールーキー!!』


 同じように、入り口を煙が覆い、そこから挑戦者が姿を現す。

 それは、ダニエルだった。

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