8-Ⅻ ~無謀なる挑戦者~

「……ダニー!?」


 大声を上げたのはレベッカだった。


「お前、知らなかったのかよ!」

「ダニーとは、昨日の夜から会ってないのよ。リチャードの仕事をおとなしく手伝ってろって言うから、こんなことしてるけど……」

「……何してんだ、アイツ」


『今回の挑戦者は、何とチャンピオンの弟子だった男! ウェイト155ポンド(約70kg)、ダニエルーーーーーーっ! ブーーーーーレイーーーーーークーーーーーー!!』


 司会の声とともに、ダニエルは両の拳を突きあげる。それに応えるように、観客から歓声が上がる。普通逆だろ、と蓮は思ったが、そんな野暮なことは言わない。


『なお、今回はチャンピオンからのオファー・マッチのため、特殊ルールで行います。今回、チャレンジャーダニエルの勝利数はゼロですが、一切のハンデはありません!!』


「ハンデ?」

「ヘル・ゲームは特殊で、勝ち抜かなくてもチャンピオンに挑戦できるのよ。その代わり、絶対勝てないようなハンデを背負わされるわけ」


 それがないということは、要するに、ダニエルは特別中の特別という事か。


 そして、ダニエルの腕にはチャレンジャーリングが装着された。……中には直接体内に注入される麻薬入りという事だから、実際これがハンデみたいなもんだろう。


「頑張れ――――――! ダニー!」


 レべッカは仕事もしないで、蓮の横に座っている。いつの間にかHとニックも、蓮の近くまでやってきて座っていた。


「あら、お友達?」

「こないだ会ったばっかだよ」

「……蓮。ダニエル、勝てると思うか?」

「無理だろ」


 ニックの問いかけに、蓮は即答した。いくら何でも、体格差がありすぎる。それに、お互い元プロだというのなら、ガタイのデカいリチャードに負ける道理がない。見た感じ鍛えてもいるみたいだし。


「どうなんだよ、アイツ? お前知ってる?」

「……ダニー!」


 蓮の問いかけに、レベッカは聞こえないふりをした。あ、そう言う事か。つまりは、コイツも勝てないことは分かっている。


 そして、互いにグローブを合わせて、距離を取る。


 ゴングが、鳴った。


********


 レベッカとホテルに泊まっていたダニエルは、夜中にリチャードに呼び出された。レベッカを部屋に残し、ホテルの外に出る。ホテル側の街灯に、奴は寄りかかっていた。


「悪かったな、せっかくの旅仲間を引き離しちまって」

「……別に、ただ同じ車に乗ってただけだ」


 そう言いながら、ダニエルはリチャードと一定の距離を取る。彼に背中は絶対に見せられない。


「そう警戒するなよ。俺とお前の仲じゃないか」


 そう言う奴を、二度と娑婆に出られないようにしたことを彼は知っている。むしろ、そういう仲だからこそ絶対に許さないのだ、この男は。


「それで? 何の用だよ」

「おいおい、だからお前と話したいだけだって」


 そう言うリチャードは、にやにやと笑っている。どの口が、と思ったが、ダニエルは口に出せない。


 ここに来るまで、ホテルの仲しか歩いていないが、それでもダニエルが知っているリチャードの部下がわんさか。何ならリチャードの背後、自分の背後にもいる。


(もうちょっと、隠す努力くらいしろよ……)


 心の中で、ダニエルはぼそりと毒づくが、そんなこと気にせずに、ゴロツキどもは笑っている。


 こうなってしまうと、もう逃げられない。蓮たちと引き離されたことで、リチャードからは完全に逃げられなくなった。


(……やっぱり、遠回りすれば良かったか)


 そもそもエル・パソにこいつがいるなら、通らなければ済んだ話だ。

 だが、その意見を、ダニエルは出すこともなかった。


(……ロディはリチャードの腰巾着だ。恐らく、俺らの車は張られてた)


 サービスエリアで、ロディを蓮が叩き潰した時。あの時から、既にリチャードとぶつかるであろうことは、ダニエルには予想できていた。車をパンクさせたのも、おそらくこいつらだ。


「……それで、ダニー。お前と親睦の証に、興行を手伝ってくれないか?」

「興行? ……ヘル・ゲームか」

「お前を特別挑戦者として迎える。通常のヘル・ゲームと違って、ハンデはなし。それでオッズは最大まで張り上げる」


 ヘル・ゲームは金持ちが勝者を当てる賭けが行われている。チャンピオン戦は格別で、ハンデが増えるごとに賭けの倍率が上がる。5つのハンデを最大まで使えば、10000倍にもなるのだ。


「取り分はお前と俺たちで分ける。どうだ?」

「……それって、わざと負けろってことか?」

「なに、最初は手を抜いてやるから、打ってきてもいいぞ?」


 階級が4つも違うリチャードとダニエルでは、勝負にもならないだろう。一方的に、リチャードのパワーに圧殺されるに決まっている。


 だが、「嫌だね」とは言えない。


 リチャードの視線が、先ほどから自分を外れる。そして、ダニエルの後ろにあるホテルをちらちらと眺めるのだ。


 奴は、レベッカを手に収める気でいる。


「明日、試合前に3つの前座がある。それまでに、せめてバテない程度には身体を作っておいてくれな」


 リチャードはそう言うと、手下が走らせてきた高級車に乗って、去ってしまった。

 近くの壁に拳を叩きつける――――――かと思ったが、決まった試合前にダニエルはそんな馬鹿なことはしない。


 この拳は明朝、あのリチャードをぶん殴るためにあるのだから。

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