8-Ⅸ 〜エル・パソのボス、リチャード〜
連れていかれたのは、昼だというのに営業中のクラブだ。そこでは、薄着の男女が身体をくねらせながら、騒音の中踊っている。そして、なかでも舞台で踊る女性は、ほぼ紐同然の下着のみで踊っていた。
「……お、俺、初めて来たよ、こんなとこ」
ニックがどぎまぎしながらきょろきょろしているのを見て、蓮は太った背中を押して進ませた。
「いいからとっとと進んでくれよ。狭いんだから」
人をかき分けて進みながら、蓮は踊る人たちを見やる。どいつもこいつも若者で、まるで日常を忘れるかのように踊っている。
『昼間からこんなところで踊って、碌な連中じゃないでしょうね』
不意に、イヤホンから声がした。
(見てんのか?)
『それに、ここにいる人たち、大体がドラッグ中毒者ですよ』
後ろ見てください、と安里に言われて、蓮は後ろを見る。ガニ股の女が、虚ろな目で煙草らしきものを吸っていた。
(なるほどな、そう言う場所ってことな)
まあ、ゴロツキのたまり場だって話だしな。蓮は合点がいく。
行き場のない若者の行き先なんて、ここも日本も大して変わらないんだろう。むしろ、こっちがルーツか。
納得した蓮たちがそうして通されたのは、VIPルームだ。
「おう、来たか。ダニー」
そこにいたのは、何とも大柄な男。黒く焼けてはいるが、黒人ではないだろう。恐らくは白人で、日焼けをたっぷりした肌。そして、鍛えられた筋肉。なんでわかるかと言えば、どういうわけか上半身裸だからだ。
そして、両脇に美女を侍らせている。二人ともすっぽんぽんで、一応の情けか腰には布一枚が巻かれていた。
そして、取り巻きの中でも幹部であろう連中も、女を抱えながら酒をあおっている。
絵にかいたような金持ちの半グレだ。
「……リチャード」
ダニエルは、彼の名前を呟いた。どうやら知り合いのようだ。
「会いたかったぜ、兄弟。ひどいじゃねえか、この町通るのに俺に会いに来ないなんて」
(……おい、どういう関係だ?)
(ダニーの兄貴分。グレてから世話になったみたい)
なるほどな、そう言う関係か。だが、兄弟分の再会にしては、空気がやけにピリついているが。
「……兄弟分は、もう終わりだって言ったはずだ」
「俺はそれに納得した覚えはねえ。お前がテキサスを出ることも、許した覚えはねえよ」
リチャードは、手元にあった酒を女の胸にかけて、歯を剥き出して笑う。
「……なあ? 州知事秘書の息子さんよ」
「……なんだって!?」
驚愕の声を上げたのはニックだ。
「お前がいてくれれば、俺たちはテキサスでやりたい放題だ。何かやっても、お前のパパがもみ消してくれるからな」
そう言い、女の乳をわしづかみにする。「もみ消す」とかけているのか、このアホは。
「……悪いが、俺はロスに行くんだ。こいつらが行くっていうんでな」
「ふーん。……だったら、エル・パソ空港を使えばいい」
空港? 蓮は首を傾げる。
「エル・パソ空港なら、ロスまで行くはずだぞ。何なら、俺が旅費を出してやってもいい」
「あ? 何だ、それなら……」
「ただし、ダニー。あと、レベッカも。この町でお別れだけどな」
リチャードは言いながら、酒をあおった。取り巻きどももにやにや笑っている。
「ま、そう言うわけだ。宿もないだろうから、俺らが持ってるホテルを貸してやるよ」
「いや別に、タイヤ交換したら……」
「そう遠慮するなよ。……連れてけ!」
そう言うと、VIPルームから追い出される。蓮たちはそのままゴロツキ連中に連れていかれると、ボロボロのホテルらしき建物に案内された。
部屋に入ると、ベッドなどはあるものの、それらは埃をかぶっている。水などもかろうじて出る程度で、長期滞在に向かないのは明らかだ。
「きたねえ部屋だな」
ダニエルとレベッカは別のところに連れていかれたようで、部屋にいるのは蓮とニック、あと蓮が連れてきたHのみだ。
「チケットを取るには時間がかかる。しばらく待っててくれ」
そう言い、蓮たちを連れてきたゴロツキは部屋を出てしまう。蓮はうっすいベッドに腰かけて、息を吐く。
「……どう思う?」
「どう、って言われても……」
ニックに尋ねてみても、彼は曖昧な答えしかしない。心ここにあらず、という感じだ。恐らくは、リチャードの側にいた美女の事を考えているんだろう。つくづく女に耐性がないらしい。
「……エッチなこと、考えてるねえ」
「あん?」
ソファ(まだこっちの方が柔らかそうだった)に寝ていたHが、身体を起こす。
「大丈夫なのか、お前?」
「おかげさまで、だいぶね。悪いね、運んでもらっちゃって」
「だったら俺をすぐ日本まで飛ばしてくれよ」
「ちょっと無理かな。すぐそばでのエッチなことが強すぎて」
Hは笑いながら、ぼんやりしているニックを指さす。蓮は溜め息をつきながら、ベッドに寝転んだ。
その時、ドアをノックする音がする。「いいですか?」と聞こえるのは女の声だ。
ニックがドアを開けると、先ほどリチャードが侍らせていた美女二人がいる。
「ど、どうしたの?」
「リチャードがね、「ダニーを連れてきたお友達にお礼してやれ」って」
そういい、一人の女がニックの胸辺りを指で撫でる。
「……中古はお嫌い?」
ニックはその一言で、完全に参ってしまったらしい。「ぜ、全然」とわずかながらの虚勢を張るが、その声は完全に上ずっている。
ニックが招き入れた女たちは、思い思いにくつろぎ始める。蓮は彼女たちをちらりと一瞥して、反対方向に寝転んだ。
「坊やは?」
「俺はパス」
一人が寄ってくるが、蓮はなびかない。
「そう言わずに。ね?」
ズボンへと伸ばしてくる手を、蓮はぴしゃりと叩いた。
「パスっつってんだろ」
「……あ、そう。あとで混ざりたかったら言ってね?」
女二人はそう言うと、シャワーを浴びに行ってしまう。シャワーの音が、男3人の部屋に響き始めた。
「……ど、どうしよう」
「興奮すんなよ。ヤるなら別に構わねえけど、シャワー行ってこい。そんでこっち来るな」
ちらちらとニックは蓮の方を見やるが、蓮はそっぽを向いて彼の方を見ない。ましてや、ケガ人のHなど動かすわけにはいかない。
「じ、じゃあ……」
ニックは進み勇んでシャワールームへと向かう。その姿を見送ったHは、蓮の方を見た。
「硬派だねえ。あんな美人、抱けるチャンスはそうないよ?」
「やかましい。ああいうチャラついた奴、好きじゃねえんだよ」
「……案外、清楚な子が好きだったり?」
Hの茶化しに、蓮の脳裏に愛の姿が浮かぶ。そして、満員電車で別れた時の出来事も。
顔が真っ赤になっているのを隠すように、蓮はそっぽを向いていた。
「おー、エッチなこと考えてるねえ」
しかし、Hにはお見通しの用である。ぶん殴ってやろうかこの野郎、と思った時。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ニックの悲鳴がしたと思ったら、シャワールームから裸のニックが出てきた。
その背から、彼の首にナイフが突きつけられている。
「――――――動かないで。さもないと、この男の命はないわよ」
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