8-Ⅵ ~言語問題を解決する冴えたやり方~

「……あの野郎……!」


 わざわざあんな奴よこすくらいなら、直接来いよ。そうすりゃこの仕事だって簡単に終わろうものを。あの男、完全に楽しんでいやがる。


 箱を開けると、蓮が普段使っているものとそっくりの革財布にスマホが入っていた。財布の中には、50ドル札が全部で40枚。つまりは結構パンパンだったのはそのためか。

 さらに、気になったのは小さい箱だ。開けると、ワイヤレスイヤホンのようなものが入っている。だが、充電器は見当たらない。


 そして蓮は顔をしかめた。このイヤホン、真っ黒なのだ。


「……なんだい、それ?」


 ようやく蓮の様子に気づいたHが、蓮に向かって問う。蓮はそのイヤホンを付け、彼の方を振り返った。


「お前、ちょっと英語喋ってみろよ」

「え、英語? えーと……|My boyfriend is left-handed《私の彼は左利き。》. His favorite ball 得意な球はis a shot ballシュート and his favorite好物は is meatballsミートボール

「……なるほどな」

「え?」


 首を傾げるHだったが、蓮には英語の意味がわかる。要するに、このイヤホンは「翻訳機」なのだ。向こうの言った言葉が、イヤホンを通して日本語に変換される。蓮に聞こえるのは、その日本語だけという、無駄に超技術な代物だ。


「ただいま……」

「おう、お帰り」


 蓮に挨拶されたダニエルたちは、目を丸くして驚いていた。なるほど、そう言う効果もありか。あの野郎。


「……お前、英語喋れたのかよ!!」

「どうやらそうみたいだな」

「そうみたいって、何よ?」


 二人は訝しみながらも、ずかずかと車に乗り込む。買ってきたのは、お菓子と飲み物ばかりのようだ。


「……しけてんな」

「金がねえんだよ、仕方ねえだろ」


 ダニエルは座席につくと、コーラのボトルを開ける。


「……そもそも、金がありゃあんなデブ、ターゲットになんかしねえっつの」

「……やっぱり美人局かよ」


 ニックはカモにされていたわけだ。恐らく、レベッカが話しかけてその気にさせて、ダニエルが乗り込んで脅して金を奪う……という算段。


「だから、レベッカが脱いだ時は焦ったぞ、本当に。そんな予定なかっただろ」

「しょうがないじゃん! だってああでもしないと、警察呼ばれちゃうし。ダニーだって、ドラッグがバレちゃまずいでしょ?」


 ああ、なるほどな。まあ、見るからに不良だしなあ。警察が後ろめたいのも無理はないか。


「……で、お前ら、なんでロサンゼルスに行きたいんだよ?」

「……単純に、この町から出て行きたいだけだ」


 ダニエルはそうだけ言うと、あとは何も言わなかった。蓮も、聞くほどの関係じゃない、という事は分かっているので、それ以上は聞かない。


 しばらくして、ニックが戻ってくる。彼もまた、大量の飲み物とお菓子を車へと積み込んでいた。そして、蓮が英語を話しているのを聞いて、素っ頓狂なリアクションを取る。


「全く同じ反応すんなよな……」


 そんな無茶を蓮に言われながら、ニックは真ん中の座席についた。現在の席の関係上、運転するのはダニエルである。 

 車が駐車場から動き出し、ようやくラノから出発を始める。


 20分くらいで町を出ると、あとはひたすら長い道路が伸びている。そして、その周囲には見渡す限りの荒野だ。


「……さすが、アメリカ……」

「ロサンゼルスに行くなら、ここからアリゾナを抜けてカリフォルニアに入る。まずは、アリゾナの境目にあるエル・パソに行くぞ」

「エル・パソ?」


 エル・パソは、テキサスの最西端にある町だ。メキシコの国境とも面しており、ニュー・メキシコ、アリゾナといった州とも境目にある。名前の由来は、スペイン語の「峠」なんだそうだ。


「へえ……」

「まあ、観光目的で行くわけじゃないからなあ。あくまで、そこを中継地点にするってだけだし」


 そんな話をしながら車を走らせていると、途中にサービスエリアが見える。


「……いったんここで交代だ」

「わかった」


 バンを駐車場に止めて、ダニエルとレベッカはそそくさと施設内へと入ってしまう。


「トイレ行くのも一緒なのか、あの兄妹は」

「単純に俺らといるのが嫌なだけじゃねえの?」


 ニックの言葉に、蓮が棘のある言葉で返すと、彼は黙ってコーラを口に付ける。そして、彼も「ちょっと外の空気を吸ってくる」と外に出てしまった。


 後ろで寝ているHを尻目に、蓮もごろりと寝転ぶ。


『蓮さん、蓮さん』


 不意に、耳に着けているイヤホンから安里の声がした。驚いた蓮は、がばっと身を起こす。Hの様子を見るが、どうやらこちらの様子には気づいていないらしい。


(……なんだよ)


 小声でぼそぼそと話す蓮は、ポケットからスマホを取り出す。そこには、安里探偵事務所の様子が映っていた。そして、目の前には手を振る安里の姿が。


『どうもどうも。他の皆さん、いなくなったようなので』

(……お前、覗いてんのかよ)

『感謝してくださいよ、ほぼ素寒貧だったあなたの旅のバックアップをしてあげるんですから』

『おー、ホントだ、車の中にいる』


 スマホの画面の右半分が、見覚えのある子どもの顔で埋まる。


『夢依、今通話中なんで離れてもらえません?』

『いいじゃん、別に』


 安里の姪っ子の安里夢依だ。小学生のこいつが、なんで安里の事務所にいるのか。現在時刻は昼のはずだが。


『こっちは今、夜ですよ。時差というものがありますからね。まあ、夢依はさすがに寝る時間ですけど』

『えー?』


 叔父と姪の仲睦まじいやり取りはこの際どうでもいい。


(……で、何の用だよ)

『いえね、テストついでに、ちょっとお節介を』

(あ?)


『車、囲まれてますよ』


 安里の言葉に、蓮は溜め息をつく。全く気付かなかった、というか気にも留めてなかった。

 そして、ちょっと窓を開けて外の様子を伺う。


 そうしたらいるわいるわ。ダニエルみたいなガラの悪い連中が、ざっと見て4人。アイツが呼んだのか、それとも関係ないのか。


(……どうでもいいか)


 蓮は眠っているHをちらりと気にしたが、ケガの状態も相まって、逃げたりはできないだろう。ドアを開け、車の外に出る。


 ぞろぞろと、まるでチープな映画のように、チンピラどもがわらわらと蓮の目の前にやってくる。


「……なんか用か?」

「ダニーの連れだろ? お前」


 ダニーってことは、こいつらはダニエルの関係者か。


「だったら?」

「シメる」


 顔にヘビの刺青を入れているスキンヘッドの男は、両手の骨をバキボキと鳴らす。

 蓮はじろりとそいつの顔を見ると、返すように右手の指を鳴らした。

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