8-Ⅴ ~なぜ怪盗は宝石を盗んだのか~

 カロリーナが用意してくれたのは、別荘に来るときに迎えに来てくれたバンだった。Hを後部座席に寝かせ、真ん中の座席にはダニエルとレベッカ、そして運転はニックで助手席には蓮、という布陣である。運転はニックとダニエルが交互で行い、そのたびに席も変わるというプランだ。「私、ダニーの隣じゃなきゃ絶対いや!!」というレベッカのわがままに沿ったプランでもある。


「ここからロサンゼルスまでは、車で止まらずに行けば1日かかるか、かからないかくらいだ。でも、ケガ人もいるし、ぶっ通しで運転するのも危ないから、途中途中で休憩したり、給油したりで休むことにしよう」


 ニックの意見に、異を唱える者はいない。

 車に乗り込む直前、蓮にはカロリーナから手を差し伸べられた。


「コーイチローには、私から言っておくわ」

「……こんなことにならなきゃ、普通にニューヨークに寄ったんすけどね」

「仕方ないわよ。急すぎたもの。それに、また会えるわ」


 カロリーナと蓮は、握手を交わす。


「今度アメリカに来たら、観光くらいなら付き合うわよ」

「そりゃどうも」


 蓮は手を離すと、車の助手席に乗り込む。エンジンをふかす音とともに、バンはゆっくりと走り出した。

 手を振るカロリーナが小さくなるまで窓を眺めながら、蓮はようやく頬杖を突く。


「いやあ、蓮のおかげで助かったよ。お父さんが、まさかあのカロリーナと知り合いだったなんてね」

「親父、エロにはこだわりが強いからな。それで知り合ったんだろ」

「……浮気してんじゃないの? あんたのお父さん」


 ぼそりと言ったのはレベッカである。ニックが困ったように蓮を見やった。意味が分かってない蓮に「何て?」と言われ、その意味を渋々伝える。


「ああ、ないない。親父のタイプじゃねえからな」

「タイプ?」


 ニックは首を傾げるが、蓮は外の景色を眺めながら答える。


「だってカロリーナ、母さんより


 言葉の意味を、ニックは理解できなかった。何しろカロリーナは、アメリカでもトップクラスのポルノ・スターだ。色気と言えば、専門分野だろうに。


 それを上回るという、紅羽蓮の母とは……。


「……クレイジー……」


 後部座席で寝ているHは、蓮の発言にぼそりと呟いた。


********


 ここからロサンゼルスのある西海岸に行くには、テキサス州からニューメキシコを経由してアリゾナ州、そしてロスのあるカリフォルニアと、大きな州を二つまたぐ必要がある。

 そんな長旅において、言葉が通じない、というのはとんだストレスだ。

 出発前にラノの町で物資の調達をする、という理由で、ニックたちは各自行動を始めた。蓮はHの見張り兼、車番という事で駐車場で待機している。


「……おい、起きてるかお前」


 後部座席で寝ているHに、蓮は話しかける。


「起きてる」

「先に言っとくわ。お前の盗んだ宝石、返せ」

「……嫌だと言ったら?」

「一番嫌なタイミングで無理やり奪う」


 蓮のあっさりした答えに、Hは渇いた笑い声をあげる。


「……お兄さん、正直だねえ」

「隠し事すんの、めんどいんだよ」

「あ、そう。じゃ、俺もちょっとだけ隠し事を明かそうかな」


 Hは、むくりと上体を起こす。けだるげなところを見ると、傷はまだまだ深いようだ。


「俺が涙のコハクを渡したい女ってのが、これまた美人なんだよ。写真見る?」


 蓮が答えるまでもなく、Hはスマホを見せてくる。そこに映っているのは、Hと同じく金髪だが、清楚ないでたちの女性だ。年齢は、Hの見た目とさほど変わらないだろう。


「アリシアって言うんだ。美人だろ?」

「まあ、それなりには」


 脳裏で勝手に愛と比較しながら、蓮は答える。かなり当たり障りないのは、さほど興味もわかないからだろうか。


「この子がさあ、コイツを持ってきてくれたら、俺と結婚してくれるって言うんだぜ。だったら、男の意地にかけて持ってかなきゃって話だろ」

「宝石盗んで来いなんて言う女、ロクな女じゃねーんじゃねえの」


 蓮の正論に、Hは一瞬黙った。だが、すぐに笑みを浮かべる。その時点で蓮は気づいた。

 この男、そんなことは最初からわかっている。


「……アリシアと出会ったのは、こっそり忍び込んだ社交会だった。そこで、一緒にダンスを踊って、ワインを飲んで……。それで、仲良くなったのさ」


 Hはぽつぽつと語る。まるで、蓮が聞いていてもいなくても、関係ないように。


「知っての通り、俺は泥棒さ。日の光なんて浴びれないけど、アリシアと一緒ならそれでもいいって思えるんだよなあ」


 目を輝かせるHの顔を見て、蓮は溜め息をついた。


「……まあ、そんくらい元気なら心配ねえだろ」


 ケガなんて忘れているようだ。恍惚としてアリシアの事を話すHを、蓮はほったらかしにすることにした。その間も、自分語りは続いている。


 不意に、車のドアをノックする音がした。ニックが帰って来たのかと思えば、そこにいたのは見知らぬ男。


「……紅羽蓮さん?」


 日本語だ。


「……そうっすけど」

「お届け物です」


 そう言い、男は小包を渡してくる。手のひらサイズの小さい小包だったが、結構重い。


「それでは」


 男は足早に去ってしまった。ぽかんとしていた蓮だったが、箱を見やると、そこには見覚えのあるマークが付いていた。


 安里あのバカが被っている仮面と同じ、黒地に白抜きの太陽のようなマークである。

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