8-Ⅰ ~紅羽蓮 in USA!?~

「J……Japanese日本人?」


 太った眼鏡の男が、ポツリと呟いた。「Japanese」くらいは、流石の蓮でもわかる。英語だ。


 蓮は男の方をじろりと見る。そして、その奥にいるナイフを持った男も。


「Who!? Who are you誰だお前は!?」


 ナイフを持った坊主頭が叫んだ。だが、怒声交じりの英語は、蓮には聞き取れない。聞き取れたとしても、意味が分からない。


 だが、この状況で叫ぶとしたら、「何だお前ら!?」以外にはないだろう。勝手にそう思うことにした。


「……いや、こっちもさ。わかんねえんだよ。アンタら誰だ? 何やってんだ?」


 そう言いつつ、蓮は足元に倒れている金髪を見やる。完全に気絶しているようだ。

 こんなところに来てしまったのは、完全にコイツのせいだろう。


「タ……タスケテ!! 私、日本語わかます!!」


 太った男が、たどたどしい日本語で叫ぶ。蓮はすぐさま、男の方を見た。


「私、今命狙われてます! その男、ナイフ持っている!!」

「見りゃわかるわそんなん!!」


 ひとまず、目の前の問題が先だ。坊主頭と太った男の間に立ち、ナイフの動線を潰す。


「……~~~~~~っ!! ~~~~~~っ!!」


 坊主頭がナイフを太っちょに突きつけて、ひとしきり叫ぶ。蓮はちらりと太った男の方を見た。


 男は視線をそらして、答えようとしない。さてはコイツ、なんか後ろめたいことしてやがったな。


 そして気づけば、太った男の上にまたがっていた女も、坊主頭の後ろに下がっている。


(……あー、なるほど)


 要するに、コイツの女にこのデブがちょっかいかけたという事か。どこだか知らないが、痴情のもつれというのはどこにでもあるらしい。


「……殴るくらいじゃダメか?」

「What!?」


 デブが驚きの声を上げるが、坊主頭には伝わらないらしい。ナイフを構えたまま、蓮めがけて襲い掛かってくる。


 突き出されたナイフを、蓮は予備動作もなく蹴り飛ばした。ナイフだけしか蹴っていないが、吹き飛ばされたナイフに引っ張られて男もバランスを崩す。ナイフは手放したが、みっともなく転んだりはせず、何とか体勢を立て直した。


「……Fuck!!」


 さすがにこれは蓮でもわかった。単なる悪口だ。

 坊主頭は拳を構えると、小刻みにステップを踏み始める。


(……ボクシング?)


 蓮がそう思った矢先、左のジャブが飛んでくる。牽制のつもりなんだろう。軽いパンチだ。蓮は躱してもらいもしなかったが、そう感じた。


 ジャブ、ジャブ、ジャブ。蓮と距離を取るように、坊主頭は拳を突き出す。とても素人の喧嘩で出るようなものではない、風切り音がプロのそれだ。


 そして、5発目のジャブを躱した、と同時に、坊主頭は体勢低く突っ込んでくる。温存していた右の拳を、蓮のわき腹へと叩き込んだ。


「うぎゃあああああああああああああああああああっ!!」


 同時に、坊主頭が倒れこむ。恐らく、殴った反動で、手の筋を痛めたのだろう。普通の人間のパンチで、蓮の肋骨が砕けるわけもない。むしろ蓮の腹筋は、その辺の鉄板よりもはるかに硬いのだ。


「ダニー!!」


 女の方が、拳を抑える坊主頭に駆け寄る。ああ、なるほど。こいつはダニーというのか。


「……おい」


 蓮は、デブに向き直る。デブの方も、蓮がどう感じているのかは察したらしい。先ほどのような安堵の表情とは異なり、冷や汗を浮かべている。


「この中で、話が分かるのはお前だけみたいだからな。何があった?」


 彼が立ち上がれないように、背もたれを掴んで逃げ場を失くす。


「正直に言え。別に、殴ったりしねえからよ」


 デブの眼鏡がずり落ちる。そして、観念したように、彼は口を開いた。


「……か、彼女に、僕は声をかけたんだ。……300ドル払うからって」

「ほう」

「それで、お金を渡して、彼女が上にまたがった途端、急に嫌がりだした。そうして、君たちとあの男が同時に……」


 なるほどな。きっかけはこいつにあったわけだ。で、美人局つつもたせか何かは分からないが、女の知り合いである男が乗り込んできた。そして、その瞬間に自分もワープしてきたわけだ。


 ちらりと、二人を見やる。女は自分と年が近いだろうが、男の方はちょっと老けているようだ。恋人、という関係に見えるかと言われると、どうもそうは見えにくい。精々、兄妹ってところか。


「……とりあえず、払った金は返してもらえよ。それでなかったことにしてもらえ」

「……あ、ああ……」


 デブは気が弱いのか、やけにすんなりと頷く。こんな奴が、明らかにガラの悪そうな女にそんなこと要求できるのか? 

 疑問はあったが、それどころではないので質問を続ける。


「それでだ。本題だけど……どこだ、ここ?」

「え?」

「見りゃわかんだろ。さっきまで、日本の俺の家にいたんだぞ。それがこんなところでよ」


 デブはぱちくりしながらも、蓮の目をまっすぐに見据える。嘘を吐いていると思っているのだろうか。


「……ここは、Llanoだよ」


 ぽつりとデブがいう。聞いたことのない地名だった。


「ラノ?」

の、テキサス州。ラノって町の近くにある、モータルさ」

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