7-ⅩⅩⅧ ~望月香凜の真実~

「おい、いいのか、受験生」


 テントの中で、蓮がカリンに問いかける。


「……何がですか?」

「死ぬかもしれねえんだぞ、お前」


 その言葉に、カリンはふふっと笑った。


「……なんだよ」

「そうならないように、守ってくれるんでしょ?」


 蓮は、ぱちぱちと瞬きをする。


「ここに来たのも、それのためだと思ってました」

「お前……」


「バレバレですねえ、蓮さん」


 ぬっと、安里が蓮の後ろから現れる。


「……どういうことだ?」


 状況がつかめないエイミーが、首をかしげていた。


「そもそも、なんでここに来たかと言えば、フルムント星人のスピリット能力であれば、木星でも活動できるからです」


 クレセンタ星人のスピリット能力と、フルムント戦線、ひいてはミスリル・カリンの魂魄武装スピリット・アムドは、非常に似通っている。つまりは……。


「人間も魂魄武装すれば、木星に行ける?」

「そういう事ですね。元の肉体と文字通り天と地よりも距離が開くので、無事かどうかまではテストしてみないとわからないですけど」

「だったら……」


「ちょうど、良い武器の素材がいますからね」


 ぱっと、蓮の方に視線が集まる。


「……そうか、蓮さん!!」


 帝国の上級幹部を一撃で吹き飛ばした破壊力、一切の攻撃を受けない防御力。

 ルーネレスと戦った際の本人の強さも相まって、武装としてこれほどの適任はいない。


「で、ですが……」

「ええ、下手に使うと、カリンさんの身体がたない」


 必殺技を一発撃っただけで、全治5年の重傷を負うほどだ。相当出力をセーブしないと、とてもじゃないがまともに活動できないだろう。


「いずれにせよ、其れの調整も相まって。最低一回はテストする必要があります。突入前に、それはマストですね」


 処刑までの日取りは、残り5日。あくまでカーネルの言葉を信じれば、だが。


「じゃあ、二日後にしましょう。そちらもいろいろ準備したいでしょうし」


 安里はそう言い、蓮の方をちらりと向く。蓮も、黙ってうなずいた。


「……期待してますよ?」


 カリンは、にこりと笑って蓮にいう。


「……前から思ってたけどよ、お前なんか、距離感近くねえか?」

「だって、同中おなちゅうじゃないですかー」


 蓮は、目を丸くした。カリンは、からかうように笑う。


「――――――ね? (仮)クソアニキさん?」


 して、やられた。

 カリンは満足そうに、テントから立ち去ってしまう。


「蓮さん? どうしたの?」


 茫然としていた蓮に愛が話しかけたと思えば、今度は頭を凄い勢いで搔きむしる。


亞里亞ありあの奴……!! 何が「仲は悪くはない」だよ!!)


 先程の言葉は、蓮にしかわからない。

 亞里亞が所属するゲーム部で作った、ゲームのボスキャラの仮の名前だ。それを知っている、という事は――――――。


「がっっっっっつり親友じゃねえか畜生!!」


 恥ずかしさのあまり、蓮は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


*********


 その日の夜。誰もいない探偵事務所で、安里修一はオンライン通話をしていた。どんな場所にいても、背景を加工できるので都合の良いものである。


「やあ、どうもどうも。木星にもパソコンってあるんですねえ」

『……そこまで掴んでいるのか、流石だな。アザト・クローツェ』


 話している相手は、何を隠そう雷霆カーネルである。安里も仮面をかぶり、アザト・クローツェとしてビデオ通話をしているのだ。


「面白いビジネスしてるみたいじゃないですかー。言ってくれれば、一枚嚙んだのに」

『お前に噛まれるとろくなことにならんから、言わんかったんだ。大体、10年前なんぞ、お前いなかっただろう』

「まあ、そうですけどねえ」

『で、何だ。こっちもいろいろ、手続きがあるんだが』

「ええ。――――――ご忠告を、と思いまして」


 安里の言葉に、カーネルがぴくりと動く。


『忠告?』

「クレセンタのお姫様が、フルムント戦線と接触して、同盟を結んでいます」

『ほう。侵略国家の、しかも追放された姫が、よくやるものだな』

「それで、その。ちょっと厄介なことになりまして」

『うん?』


「色々あって、《レッドゾーン》がそちらに殴り込みをかけることになりました」


 レッドゾーンは、アザト・クローツェお抱えの最強怪人として、裏社会で都市伝説になっている者の事だ。まあ、つまりは紅羽蓮の事なのだが。


『レッドゾーンが……』

「色々制約はありますがね。正直、危険ですよ?」

『……ふ、ふふふ』


 カーネルは、その名を聞いてか、不敵に笑い出す。


『いや、いい機会だ。お前お抱えの最強の怪人、ぜひとも一度手合わせしたかった』

「言っときますけど、真剣勝負じゃないですよ? あなたみたいに、木星で自由に活動できるってわけじゃないですし」

『わかっているとも。それに、こっちだって命は惜しいからな』


 適当に切り上げて退散するとも、とカーネルは笑った。


『――――――で? 要件は、それだけじゃないんだろう?』

「さすが、鋭いですね」


 安里もそう言うと、仮面の下で不敵に笑った。


*********


「結論から言うと、カーネルとは戦うことになるでしょうね」

「お前、俺の名前出せば引っ込むっつってたじゃねえかよ!」

「いやー、失策、失策」


 翌朝、夜の話を報告したところ。

蓮にパロ・スペシャルを極められながら、安里は笑う。解放してやると、手足の骨部分を再生させながらゆっくりと立ち上がった。


「そう言えば、彼、基本戦うの大好き侍でした」

「……ガチで殺し合いか?」

「まさか。ちょっとやり合ったら適当なところで帰るそうですよ」


 安里の考えとしては。


 カーネルという強力なパイプを、断ち切るのは惜しい。だが、クレセンタ帝国で正面衝突する以上、対立する可能性もある……。

 なので、事前に情報を共有していたのだ。あわよくば、カーネルを地球にさっさと引っ込めて、帝国の人たちだけシバき倒す……という筋書きだったら、はるかに楽だったのだが。そう上手くはいかなかった。


「まあ、処刑については、スケジュール通りに行うそうですよ。向こうも、色々政治的な引継ぎとかで忙しいみたいで」

「引継ぎ?」

「帝国を共和国に変えるっている引継ぎですよ。帝位を撤廃して、議会作ったりとか」


 つまりは。エイミーが言っていたことの下準備を、トリプールたちは既にやっているという事か。それは、何とも都合がいい。


「エイミーさんも、お母様さえ黙らせればその後はやりやすいでしょうね。まあ、極端に男性に人事が偏っていたので、そこらへんは要調整ですけど」


 この男、国家機密を平然とばらしている。


「……上手く行きゃ、な」


 問題は、決行当日だ。


「大丈夫なのか、アイツら……」

「まあ、カリンさんはともかく、エイミーさんは……戦力として数えるには、ちょっと弱いですよね」


 紅羽蓮という超絶バフがかかるカリンとは違い、エイミー・クレセンタは正真正銘生身である。武器も、スピリットの剣だけ、というのは何とも……。


「なんでも、愛さんのところで剣術を教わってはいるらしいんですけど」

「んなもん、所詮付け焼刃だろ?」

「ですよねえ……」


 ため息をついていたところに、事務所のドアをノックする音が響く。


 ドアを開けると、そこに立っていたのはシグレだった。


「あれ、どうしたんです?」

「実は――――――」


 シグレは沈痛な面持ちで、二人に話しだす。


 蓮と安里は、互いに顔を見合わせた。


*********


 そうして、時間はあっという間に過ぎていく。


 それぞれの、決意や思惑、困惑を乗せて。


 とうとう、木星でルーネレス・クレセンタが処刑される日がやってきた。

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