7-ⅩⅩⅦ 〜融和の刻〜

 エイミーたちを引き連れて、蓮たちがやってきたのは。


 以前帝国の進撃があり、あちこち壊れたビル街だ。そこでがれきの撤去作業をしているボランティアの人が、蓮の姿を見るなり駆け寄ってくる。


「あ、蓮さん!!」

「おう」


 男の人は親し気だ。だが、蓮の後ろにいたエイミーを見るなり、顔色が変わる。


「えっ……エイミー・クレセンタ!?」

「待て待て。別に取って喰やしねえよ」


 蓮がそう言うと、警戒した男も「……はあ」と引き下がる。


「この人たちは?」

「フルムント戦線の連中だよ。ここの撤去作業、ボランティアでやってんだ」


 そして、蓮もその作業を手伝っている。カリンを助けた手前、協力しないというのもバツが悪かったのだ。


「ああ、なるほど」


 安里は蓮の意図について、完全に理解したようである。


「おっさんは?」

「向こうで、炊き出しの準備をしています」

「わかった。あんがとな」

「いえ……お気をつけて」


 ボランティアに会釈しながら、蓮たちは進んでいく。

 エイミーの顔を見るなり、戦線の人たちの顔色が変わるのが、目に見えてわかる。


「……嫌われているな」

「侵略者なんてそんなもんでしょう」

「私も覚えありますわ。みんな、やって来た人たちをあんな目で見るんですよ」


 植民地出身のシグレだけが、平静な顔をして笑う。


「……どの面下げて、ってね」


 石を投げられることも覚悟したが、誰もそういう事はしなかった。そして、ボランティアの本部、炊き出し準備中のテントに、蓮たちはやってくる。


 最初は歓待ムードだったゲイリーたちも、エイミーの顔を見るなり、みるみる顔が青ざめていた。


「……蓮くん、これは一体……」

「なんか、いろいろ事情が変わったみたいでよ」


 エイミーはゲイリーに一礼すると、地面に膝をついた。


「――――――恥を忍んで、ご助力をお願いしに参りました。どうか、我が国を救うために、お力添えいただけないでしょうか」


 そして、地面に深々と頭を下げる。

 仮にも帝国の、元とはいえ姫がだ。


 ゲイリーたちは、目を丸くするしかなかった。


*********


「――――――なるほど。クレセンタ帝国で、そんなことが……」


 エイミーから事情を聴いたフルムント戦線の面々は、ひとしきり閉目しながら聞いていた。


「どう思われますか、司令?」

「――――――正直なところを言えば、因果応報だろうとしか言えない」


 このフルムント戦線でも、純粋なフルムント人はゲイリーのみだ。残りは地球人と交わり、生まれてきた子孫たち。

 クレセンタ帝国の非道な所業を戦線で知る者は、もはや彼だけになっていた。残りの者は、家族に後を託して逝った者、戦い敗れた者など、帰らぬ人たちばかり。

 そして彼自身、クレセンタの男性に対する差別を受けてきた当事者でもある。


「男女の立場が逆転し……もう、侵略はしないと言っていたのだろう? であれば、我々フルムント戦線も戦う理由がなくなる」

「……それは……」

「司令、でも、女性を奴隷にして資源化するなど、人の所業では……!!」

「――――――かつて、男性も同じような目に遭っているんだよ」


 ゲイリーの言葉に、一緒にいた戦線の女性たちが押し黙る。


「確かに、非道だ。きれいごとを言えば、そんなことは間違っていると断言できるとも。だがね、禍根は間違いなく残っているんだよ。それはとてもじゃないが、簡単に消し去れるものじゃない」


 ゲイリーは目を伏せ、きっぱりという。


「私の意見としては、反対だね」


 エイミーがしゅん、となるのが、蓮にも空気でわかった。


 ここにいる女性たちの意見は、軒並み「助けても良い」だろう。帝国との戦いはあれど、助けを求めてきた相手をむざむざ突き返すようなことは、できない連中だ。

 だが、そこにゲイリーという男が重くのしかかる。

 司令官、という立場もそうだが、何より言葉の重みが違う。彼が今まで帝国に抱いた怒りや恨みというものが、単純な正義感というものを押し止めているのだ。それほどまでに、彼は地獄を経験してきた、という事でもある。


(……どうする。コイツを説き伏せられなけりゃ、助けるなんて絶対無理だぞ)


 協力してもらう、というのは、こんなにも難しい事なのか。エイミーはそれを痛感していた。今まで、力でねじ伏せ、従わせていたのとは、訳が違う。

 そりゃ、侵略国家にもなるはずだ。その方が、信頼を結ぶよりもはるかに楽なのだから。つまりは、これはクレセンタ帝国としての、今までのツケである。


「蓮君の意見は?」

「俺はただ、こいつらが話したいっていうから掛け持っただけだ。そもそも、木星なんて地球人にゃ行けねえだろ」

「……そうだな」


 不味い。このままでは、ここで話が終わってしまう。何かないか、何か――――――。


「……協力してくれた暁には、侵略行為は一切取り辞めます」


 ゲイリーたちの目が、エイミーの頭を向いた。


「トリプールが言うように、貿易や交渉を中心とした商業国家へと政治を変えます。皇帝位も廃位します。男女間の格差も、失くしていきます!! 国を、変えます……」

「……棄てられた姫君に、そんな権限があるとは思えないが?」

「母は、何が何でも説得します!! だから、どうか……!!」


 もう、なりふり構っていられなかった。国が崩壊するかどうかの瀬戸際なのだ。そのためなら、母だろうが何だろうが、戦ってやる。

 ここまで頭を下げて、泥をかぶった。もう、怖いものなど何もない。

 地面にめり込むほどに、エイミーは頭を下げ続けた。それは、必死だったのもある。

 だが、本心は、彼らの顔を見ることができなかった。

 ここまでやって、心が動いていなかったらどうしよう。冷たい目で見られたらどうしよう。

 頭を下げたら下げたで、そんな新しい恐怖心が彼女の脳裏を駆け巡る。

 そんな理由から、エイミーはひたすらに頭をこすりつけるしかなかったのだ。


「……私、行きます」


 エイミーを救ったのは、そんな一人の声だった。跳ね上がるように、エイミーの顔が上がる。


「……カリン!?」


 同席していたサキが、目を丸くしていた。決意の声を出したのは、ミスリル・カリンこと望月香凛だったのだ。


「きっと、助っ人として行くのは私ですもんね。私は、帝国の人たちを、助けてあげたいです」

「……本気かね?」


 ゲイリーが、じっとカリンを見据える。カリンの目には、光が宿っていた。


「はい」

「敵は、あのルーネレスよりも強いぞ?」

「……でも、負けたくありません!!」

「許可しない、と言ったら?」

「一人でも行きます!!」


 カリンの言葉に、ゲイリーは溜め息をつく。そして、エイミーの方へと向き直った。


「……エイミー姫。あなたが今言った言葉ですが、実現するのが相当難しいことだという事は、自覚していますか?」

「……も、勿論です」

「本音を言えば、戦線としては動きたくはない――――――。でも、実戦できるカリンが一人でも行くといった以上、バックアップするしかない」


 つまりは、協力交渉は成立だ。エイミーの青ざめた顔に、みるみる血が通う。


「あなたの決意。口から出まかせでないことを、願っていますよ」

「……あ――――――」


 ゲイリーはそう言うと、立ち上がってテントの外に出てしまう。エイミーは、「ありがとうございます!!」と言いながら、再び頭を下げた。


「いいんですか、協力するなんて言っちゃって」


 テントの外に煙草を吸いに来たゲイリーに、付いてきたサキが言う。


「カリンが行くと言ったら聞かん子なのは、お前も知ってるだろ」

「でも……」

「何にせよ、恨みは消えん」


 煙を吐きながら、ゲイリーは遠くを見つめる。


「でも、だからって歩み寄らなかったら、いつまでも溝も埋まらんだろう」


 いつか、どこかで。

 誰かが恨みを受け止めて向き合わなければいけない時が来る。


 クレセンタ帝国にとっては、今がその時なのだ。

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