7-ⅩⅩⅥ 〜ワイ・クロマゾム・ストロンガー〜
どうやって帰ったか、記憶がはっきりしない。が、家に帰り、シグレにこの事を伝えたことだけは、はっきりとわかっていた。
当のシグレは、白米を食べる箸を、ポロリと落とす有り様だ。
「……本当、なんですか? それ」
シグレの問いかけに、エイミーは力なく頷く。
だが、シグレの反応は、意外にも絶望ではなかった。
「……そうですか。まあ、いずれこんなことになるとは思ってましたよ」
「……何?」
シグレの言葉に、エイミーは顔を上げる。
「そんな顔せんでください。私、諜報員ですよ? トリプール大臣や宦官たちが腹に一物抱えてたことくらい、お見通しですって」
「……なら、なんでもっと早く言わないんだ」
「別に何かしでかしたわけでもないし、大体、言ったって、陛下も姫様も「所詮男の浅知恵、捨て置いて構わん」っていうじゃないですか」
うぐ、とエイミーは言葉に詰まってしまった。確かに、今までの自分なら、そう言ってもおかしくない……というか、絶対言う。
基本的に、男の事を見下していたのだ。ぞんざいに扱っていた部分もあったろう。
「……にしても、あそこまでため込んでいたとは……」
「まあ、他人ですからねえ。そんな、気持ちなんてわかりゃしませんよ」
シグレの反応は、ひどく冷淡で、そして平坦だ。
「ま、私としては、巻き込まれなくてラッキー、って感じですね。このままほっとけば、アイツら地球からもいなくなるんでしょ? 平和じゃないですか」
「……代わりに母上が死に、一万人の女がこの星で、もっと多くの女が宇宙で不幸になるとしてもか?」
「……姫様は、由緒正しいクレセンタ皇家に生まれたから知らんでしょうが、私の出身は植民地でしてね。男も女も仲良しだったのが、急に男を見下せ、なんて教育になるんですよ。みんな戸惑ってたけど、私は割り切りました。ああ、この国はそんな感じなんだなって」
「……何が言いたい」
「あたしゃ、アンタの国の事は、正直どーでもいいんですわ。私の故郷、なくなっちゃいましたしねえ。男と女、どっちが上だ下だでこんな事態になっちまって、バッカじゃねえの、って感じで」
「シグレ、お前……!!」
「でも、まあ、何です?」
シグレはニカッと笑い、指で丸を作った。
「男も女もないあたしが手伝うのは、やっぱりこれが一番でしてね」
「……いくらだ」
「お弁当屋のタダ券。毎月10枚は下さいな」
エイミーは、ブっと米を噴き出した。
「そんなに出せるか!!」
「お弁当屋さんでしょ? ちょちょっと取ってきてくださいな」
「そんな不義理なこと、できるわけないだろ!!」
「えー? お国の危機に弁当タダ券って、相当破格だと思いますけど?」
ぐぬぬぬぬぬ……と唸るエイミーの様子に、シグレは笑う。
「やっぱり、姫様は落ち込むより、怒ったりしている方が似合いますね」
「褒めてるのか、それ?」
そう言ったところで、お互いに笑い出す。
好転はしていないが、たった一人で抱え込むよりは、ずっとマシだったのだ。
*********
「――――――というわけで、国を救うためにご助力いただけませんか」
安里探偵事務所に来るなり、エイミーはシグレと頭を深々と下げていた。
目の前には、眉間にしわを寄せた紅羽蓮が、愛の淹れたコーヒーを飲みながらソファに座っている。
「……ええ……」
蓮は目をぱちくりさせながら、ちらりと愛の方を見た。
愛は申し訳なさそうに、蓮の方を見ている。さてはこいつも既に抱きこまれているな。
(……ごめんなさい、蓮さん)
実際蓮の想像通りで、愛が家に帰った時に、めちゃくちゃに頼み込まれたのだ。同じ女性が危機にあっているという事もあり、愛も無下に断ることはできず。
とりあえず、蓮さんに話は通せるようにする、と約束してしまったのである。
「……おい、どうするよ」
いつも何かしら誰かから助けを求められたときに、「依頼しろ」というのは蓮の常套句ではあったけども。
いざ本当にそう頼まれると、なかなか「どうしようか」となってしまうのは、なんでだろう。
「まあ――――――かいつまんで要約しますと」
安里がエイミーたちの方を見ながら言う。
「性差別していた国が悪党につけ込まれて内ゲバ大爆発……ってところですか」
「元も子もなさ過ぎだろ」
蓮のツッコミに、安里はくすくすと笑う。だが、エイミーたちにとっては深刻な問題だ。笑ったり、かといって怒ったりもできず、ぐっと唇をかみしめている。
「……まあ、まじめな話をしますとね。助力すると言っても、結構厳しいと思うんですよ」
「な、なぜ……!?」
「場所が悪すぎます。なんですか、木星って」
当然だ。地球の人間は、地球でしか生きられない。木星なんて、到底人間がたどり着けるようなところではないのだ。
そして、忘れてはいけない。クレセンタ星人は平気で対応しているが、あくまで彼らは宇宙人である。そもそも、身体の造りが地球人とは異なるのだ。単純に、外側が似ているだけで。
「でも、カーネルは……平然としているぞ!?」
「ああ、まあ、カーネル……という人の場合は……」
ちらりと、安里が蓮の方を見た。この中で、安里とカーネルの関係を知っているのは、紅羽蓮と朱部純のみだ。愛は安里がアザト・クローツェであることは知っているが、詳細な人間関係までは知らない。
「……まあ、怪人でしょうからね。そう言う事もあるでしょうよ」
「そんな、適当な……!!」
本当はもっとそれらしい理由を知ってはいるのだが、今この場では言えない。彼との協力関係は、なんだかんだで強いのだ。
「ともかく、そんなところじゃ蓮さんが助っ人として行ったところでどうにもなりませんよ。というか行けませんし」
「そ、そんな……私達だけでは、普通の男はともかく、宦兵の相手が手一杯なんだ。ましてや、あのカーネルも相手取るとなると……戦力が足りなすぎる」
宦兵とは、帝国軍に仕官するために去勢した男の兵たちだ。身分は正規兵よりもはるかに低かったが、それでも帝国の兵士として恥じない訓練を積んでいる。一般の男どもでは相手にもならない。
「それらも、強化されてるんですか?」
「確証はない、が……」
「でも、男の人だけが強化されるって、どういう仕組みなんですかね?」
愛の疑問に、全員の頭に「?」が浮かんだ。
「男女を判別する、基準と言えば……」
「やっぱ、チ●コだろ?」
「でも、それなら去勢した人たちは?」
うーん……と皆が唸っているので、安里がスマホをいじりだす。
「……専門家に聞いてみましょう」
そうして、彼が電話を掛ける。テレビ電話をボーグマンのモニターに映して、そこに出てきたのは。
『なんだ。俺は今、新発明の特許申請に忙しいんだが』
Dr.モガミガワ。己の欲望のためにとんでもない発明を平気で作り、人を巻き込む。世紀のマッドサイエンティストである。理想の彼女を作るために、何でも擬人化してしまうビームで騒動を巻き起こしたことは、記憶に新しい。
「どうもどうも。ちょっと聞きたいことがありまして」
『聞きたいこと? 手短に言え』
「男性だけを強くする、なんて発明した覚え在りません?」
『ん? 「ワイ・クロマゾム・ストロンガー」の事か? もう知ってるのか』
書類に向かっているであろうモガミガワの発言に、全員が耳を疑う。
『……なんだ?』
「なんですか、その「ワイ・クロマゾム・ストロンガー」って」
『あん? 何って……生物のY染色体に反応して、周囲の遺伝子や細胞を活性強化させる電磁波発生装置だろうが』
Y染色体。生物の雌雄を判別する際に、X染色体と対になるものとして登場するもの。生物は遺伝する際に、DNAにY染色体を持っていると、男性になると言われている。生物の授業でもやる内容だ。
「……ちなみに、それ、どうしました?」
『あ? カーネルの奴に頼まれて作ったぞ。何に使うかは知らんが、面白いテーマだったからな。10年くらい前に頼まれてたんだが、いろいろ忙しくてな。この間納品した』
「そうですか……。どうもありがとう」
『おい、待て。アザ』
電話を切り、周囲の様子を伺う。全員が、唖然とした顔をしていた。
「……えー、つまり。遺伝子そのものに作用するので、去勢していても強化されている可能性は高いですね」
「……今の奴はどこにいる!! 叩っ斬ってやる!!」
エイミーがスピリットの剣を出して暴れそうになるのを、シグレと愛が慌てて止める。そりゃ、あんな事態になった元凶が前触れもなく出てきたらこうもなるだろう。
「……それにしても、10年前ですか。それって、カーネルがクレセンタ帝国に初めて現れた時期ですよ」
「そんな早い段階から、計画は進んでいたという事ですかねえ」
「それなのに、我々は全く気付かなかった……!!」
なんとも、情けない話だ。理由はもちろん、男に対する優越感だろう。「こいつらがそんな大層なことができるはずもない」と、帝国中の女がたかをくくっていたのだ。
その結果が、あの有り様だ。因果応報と言えば、それまでだろう。
だが、姫として、それまでで済ますわけにはいかないのだ。
「……ともかく、その「ワイ」なんちゃらを破壊すれば、帝国の男たちは元に戻るわけだな」
「まあ、そうでしょうね」
「問題は、それがどこに在るかだが……」
おそらく、持ち込んだのはルーネレスが不在で、クーデターを起こしたあの時。移動用の超次元ゲートは、さほど大きなものではない。大がかりな装置でも、分解して向こうで組み立てた……という可能性はあるが。
「探す時間は、正直言ってない。トリプールを締め上げて、吐かせるのが一番だろうな」
「大丈夫です? 吐かせるって、多分殺すより難しいですよ?」
「たとえそうでも、やるしかない」
何しろ、ルーネレスの処刑まで、時間がない。
ルーネレスが殺されてしまえば、帝国中の女の心が折れるだろう。そうなれば、立ち上がれるものはいなくなってしまう。
「母上だけは、絶対に助けなければ……!!」
「いいのかよ、それで」
エイミーに口を挟んだのは、蓮だ。
「あのババア、お前の事棄てたんだろ?」
「……それは……」
思わないところが、ないわけじゃない。
実際、立花家で食べるご飯は、帝国で食べた食事よりも美味しかった。
小さい食卓で、談笑しながら家族全員で食べる暖かい食事。
帝国の広い食堂で、誰とも食べない冷たい食事。
(私の母上も、立花愛の母のような人だったら――――――)
今まで、母上には、足蹴にされた記憶しかない。
「……それでも」
エイミーは、首を横に振る。
「お母さんなんだよ……私の。それじゃダメか?」
じっと蓮を見据える瞳に、蓮は両手を上げた。
「……わかったよ、意地悪いこと言った。すまん」
「蓮さん……」
「……心当たりは、ある。正直、巻き込みたくねえけどな」
蓮の言葉に、エイミーたちはきょとんとする。
「蓮さん、それって……」
「頼むなら直接頼め。それで引き受けるかどうかまでは知らねえけど」
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