7-ⅩⅩⅤ 〜無力なる逃亡〜

 吐き気を催しそうな笑顔に、エイミーは剣を握ってこらえた。


「……なんという、ことを! 女を、何だと思っているのだ!!」

「あなた方こそ、男を何だと思っておられたか、答えられますかな?」


 後ろにいた宦官が、じろりと睨みつけてくる。


「戦では、何人もの男を盾として死なせ」

「町では、賃金も無しに野垂れ死ぬまで働かせ」

「挙句の果て、種さえ出せなければいらぬ、いくらでもいると平気で殺していたではありませぬか」

「そ、それは……」


「性別で差別なんぞするから、そんなことになる」


 カーネルが、エイミーたちの間に入った。


「これはお前たちの業だよ。遠くない未来、きっと同じように逆転する。片方を極端に有利にすれば、もう片方は憎悪し、逆転すれば怒りは膨れ上がる。まあ、永遠にそうであっても、俺は知らんがな」

「……なんだと!? こんなことをしておいて!!」

「クレセンタ帝国とは条約を結んだ。女一万人、言い値で買う。その代わり、帝国は速やかに木星、ひいては太陽系から退去し、二度と地球には干渉しない、とな」


 やはり、帝国は地球から撤退するつもりなのか。


「それから、帝国はどうするつもりだ」

「当分は女を資源に貿易でしょうな。時間はかかりますが、農耕などもできるようにならねば、到底生き残れますまい。当分、あなた方には資金を稼いでいただかねば」


 こちらを見てニヤリと笑うトリプール。ぐっ……と、言い淀むエイミーだったが、もう一つだけ聞きたいことがあった。


「……母上は、どうするんだ?」

「ルーネレス陛下ですか?」

「母上も、他の女たちと同じように売るつもりなのか……?」


 トリプールは髭を撫でながらしばし考えるそぶりを見せる。が。


「――――――いや、あの方はさすがに」

「そ、そうか。やはり、畏れおお――――――」

「商品価値も付きませんからな」


 言いかけたエイミーは、完全に固まった。


「……なんだと?」

「考えても見て下され、800年も力で君臨した女帝ですぞ。いくら男の方が強いとはいえ、あのお方を抱くなんぞ恐ろしくてできやしませんよ」

「それに、かなりお年を召していらっしゃるしなあ」

「むしろ、金を払ってでも抱かれる方でしょう、あの女は」


 口々に笑う宦官たちに、エイミーは怒りを覚える。


「貴様ら……!!」

「まあ、正直なところ。生かしておくのは、我ら新生クレセンタ国には不利なのですな。クレセンタという名前だけで貿易相手が逃げてしまうのは、ほとんど陛下のご威光あっての事ですから」

「早々に、消えていただいた方が我らのためというもの」

「ですなあ」


 恐ろしいことを、平気で口にしている。以前までは、何も言わず母上に頭を下げていたくせに。内心、そんな風に思っていたとは。


「……とはいえ、我らもいろいろ忙しい。早々に処刑はしたいですが……あと、1週間はかかりますな」

「処刑が終わったと同時に、この国は木星から退去する。俺も、同時に女の仕入れを終わらせて、もろとも地球に戻って終わりだ」

「長い放浪の旅になります故、準備は入念にせねば。地球で資源の回収もするつもりですぞ?」


 大笑いするトリプールとカーネルだったが、笑い終えると冷酷な眼光を、エイミーたちに向ける。


「――――――さて。聞きたいことは、もうよろしいか?」


 カーネルの両手には、激しい光が宿っている。


(……これまでか!!)


 せめて一太刀、とエイミーが踏み込もうとする、その時だ。


「姫様!! お逃げ下さい!!」


 一緒にいた女兵士が、先に飛び出した。


「……なっ!?」

「ほかの姫様は、みな奴らに堕とされてしまいました!! せめて、エイミーさまだけでも……!!」


 そんなこと、と言おうとしたが、カーネルの眼光は鋭く、こちらを睨みつけている。

 立ち向かっても、おそらく勝ち目はない。


「――――――――っ!!!」


 エイミーは、ぱっと踵を返して走り出した。目的地は城だ。城の超空間ゲート。

 あそこから、地球へと逃げる……!! カーネルがこの星に滞在する以上、不用意に壊したりはしないはずだ。


「おやおや、逃げられてしまいましたな」

「別に構わんだろう。小娘の一人や二人」

「……それも、そうですな」


 カーネルの手には、突っ込んできた兵士の腕が握られている。少し力を入れてやるだけで、簡単に折れてしまうほどの華奢な腕だ。


「ああっ……!!」

「……武器も持たずによく立ち向かったもんだな」


 カーネルが手に宿っていた電流を、腕から兵士の全身に流す。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 凄まじい悲鳴が、工場に響いた。ぶすぶすと煙を上げる兵士を、外へと引きずり出す。


「お前ら。こいつも好きにしていいぞ」


 放り捨てると、町の男たちがわらわらと近寄ってくる。全身が痺れて抵抗もできない女兵士は、そのまま男たちに覆われて見えなくなった。


「……女に男が群がるのは、どこも同じだな」


 カーネルはそう言い捨てると、余った片方の電撃を空へと放った。


*********


 カーネルたちがいないからか、城に人はほとんどいない。エイミーは、とにかく無我夢中で走るしかなかった。

 振り向くこともしなかった。振り返ってあの眼光がもし、眼前に迫っていたら。想像しただけで、足がすくみそうになる。


 途中、男に犯されている女兵士がいたが、彼女を気にしている余裕はなかった。先ほどのように、助けに行こうとも思わない。

 地下牢にいる母上を助けようという考えすら、エイミーは浮かばなかった。とにかく、必死にここから逃げること。それしか、考えられなかった。


 そうして、走り続け、超次元ゲートへと飛び込む。何もなくなった豪邸のカーペットに顔からダイブし、そこでようやく振り返った。


 追っ手は、誰もいなかった。


 息を切らし、生唾を呑む。


(……ど、どうすればいいんだ?)


 この、超次元ゲートを破壊すれば、カーネルは当分追って来ない。

 だが、壊してしまえば、もう、母上たちを助けることは、できない。


 今にもカーネルが追ってくるのではないかいう恐怖と、母たちが殺され、使い潰されるという恐怖。二つの感情がないまぜになって、エイミーを襲う。


「……うっ、う、ううう、ああああああ……」


 決断なんて、できない。

 エイミーの目から、涙があふれだす。


 何も、できなかったのだ。犯されている女たちを助けることも、自分はできずに。おめおめと、地球まで逃げ帰ってきてしまったのである。


「あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 エイミーはカーペットに突っ伏し、ゲートの前でひたすらに泣いた。

 悔しさ、惨めさ。さらには自分の薄情さ。そんなものを自覚して、泣くしか、今のエイミー・クレセンタにはできなかったのだ。

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