6-Ⅵ ~擬人化から戻す装置、鋭意開発中~

「アメンボ赤いなあいうえお。柿木栗の木かきくけこ……」

「……随分と言葉覚えましたねえ」


 先日のダーリンの件から、もしかしたらと思って言葉を教えてみたら、本当に覚えた。犬というか、もはやインコのような扱いになってきている。


「そうなるとますます気になるなあ。キューちゃん、どんな動物なんだろ?」

「本当にな。想像つかなくなってきた」


 安里探偵事務所に、散歩がてら連れてきたキューは、皆に囲まれてちょっと戸惑っているようだ。蓮に身体を預けて、ちょっと身を隠している。


「そんな怖がることねえよ。あぶねえのはそこの黒いのと緑色だけだ」


 そう言って、安里と朱部を指さした。キューにはこの二人に対してだけは、しっかり警戒を怠らないように教える。


「危ないのがいる時点でダメなのでは?」


 危ない奴の筆頭がそんなことを抜かしている。


「で、あのイカレポンチはちゃんと作ってるんだろうな」

「その辺は抜かりなく。朱部さんが見張っていますので、サボったらすぐにお仕置きができるようにしているんですよね?」

「ええ」


 朱部はそう言って自分が開いているパソコンの画面を見せる。そこには作業にやる気なく打ち込んでいるモガミガワの姿があった。


「彼のラボのカメラから監視してるんですよ。それでですね……」


 安里が説明すると同時、モガミガワがごそごそと何かを取り出した。お菓子だ。


「……休憩時間はまだのはずだけど」

『俺さまのような天才はな、貴様らの決めた時間以外にも糖分が必要なのだ!! これくらい見逃せ、胸が狭いから心も狭いな貴様は』


 モガミガワの心無い一言に、朱部は無言でエンターキーを押す。


 モガミガワの部屋のシャッターがひらき、3人の全裸の男が飛び込んできた。


『うわーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』


 モガミガワの絶叫を最後に、朱部はウインドウを閉じる。


「……とまあ、このようにですね。遠隔操作で監視と催促ができるわけでして。まあ、遅れたりはないでしょう」

「いやいや、つーかアレ、何だよ!! 全裸の男ってことは、アレ擬人化した動物だろ!!」

「開発のためにサンプルよこせって言って仕方なかったんですよ。ご心配なく、人様のペットではないですから」

「何の擬人化だよ? あいつら」

「確か、ドブネズミだったはずですよ」

「うげえ……」


 巨大化したドブネズミにたかられていると考えると、いささか可哀想でもある。だが、それで仕事を進めてくれるならそれに越したことはないだろう。というかそもそも、こんなことになっているのは彼のせいである。


「やなこと聞いちまった」

「まあ、早く作ってくれることを祈りましょう。こっちだって、大量の擬人化した人もどきたちを養っているわけですからね」


 現在擬人化してしまった人(?)たちは、ほとんど安里探偵事務所の地下に収容されている。

 さすがに公序良俗に大きく反してしまうので、ほったらかしにしておくわけにも行かない。許可の取れたものや動物は収容し、安里が面倒を見ていた。

 一方で許可が取れなかったケースもある。看板や案内板は服を着てお店などで働いており、ペットも服を着て一緒に散歩したりと様々だ。

 ビルが擬人化してしまった巨大な女性も、現在はブルーシートを身体にかぶせている。スケベなクソガキどもがその中に入ろうとしているのを、警備の人が慌てて止めていた。


「まあ、この騒動もあと数日でしょう。それですべて元通りでおしまいですよ」

「だといいけどな」


 そう言いながら、蓮はキューと「アルプス一万尺」をやっている。


「なんでアルプス一万尺なんですか」

「なんか動画サイトで見たらしくてよ。ハマってんだ、家では亞里亞とずっとやってる」

「へえー、そう言えば、アルプス一万尺って29番まであるって知ってます?」

「そんなにあんのか? これ」


 安里と話しながらも、蓮はキューとの手遊びをよどみなく行っている。


「……でも、キューちゃんそんなこともできるなんて、相当頭いいんだろうね」

「そうか?」

「確かに、言葉も覚えるし手遊びもできるし。……どんな動物なのか、僕もいささか気になって来ましたよ」

「……言っとくけど、触ったらぶっ殺すからな」


 蓮はじろりと安里を睨む。

 安里の能力、「同化侵食」は「触れただけで相手のことがすべてわかってしまう」というとんでもチートだ。加えて、そのまま触れ続ければ同化した相手を「侵食」し、安里修一にしてしまうことができる。

 そして何が厄介って、こいつは自分の形を自由に切り離して変形できることだ。万一こいつが鼻クソを飛ばしてきたとしたら、それは紛れもなく「安里修一」である。絶対に躱さないと、いつでもこいつに「侵食」されてしまうのだ。

 なので、本当に大事なものはこいつに触らせないのが正解である。


「わかってますよ。怖いなあ」


 安里は手のひらを見せて、あっけらかんと笑った。


「そんなに慌てなくても正体分かるんですから、そんな野暮なことしませんよ」

「どうだか……お前信用しづらいんだよ。キャラ的に」

「それひどくないです?」


 安里はそう言いながらも笑顔を絶やすことはない。


 ―――――――そう言うところが信用ならねえんだ。


 直接言うのも面倒くさいので、蓮は無視してキューとの手遊びに意識を向け直す。


 モガミガワが擬人化ドブネズミに耐えかねて「擬人化を元に戻す銃」を完成させたのは、それから2日後の事である。

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