6-Ⅳ 〜キリンは日本で飼育可能な最大の動物〜

「蓮さん、ちょっと来て!!」

「おう。……ったく、これ今日中に全部集まるか?」


 愛が呼んでいる路地裏に、ぶつくさ言いながら、何事かと行ってみると。


 そこには裸の銀髪の女性が倒れていた。


「こ、これは……女だな」

「そ、そうだね……」


 普通なら驚く光景なんだろうが、さっきまで裸の犬男や裸のカナブン女を相手取っていた蓮と愛は、もうこんなことでは驚かない。感覚がすっかり麻痺してしまっていた。


「……これは、どっちだ?」

「動物じゃないかな? ほら、首輪ついてる。犬じゃない?」


 愛が指さすので見ると、確かに紫色の首輪が付いていた。首輪というか、チョーカーというべきだろうか。そこには「9」という数字が書かれている。


「9? 何だこれ?」

「識別番号か。となると、実験動物か何かか?」


 そう言うことに詳しい男、モガミガワも遅れてやってくる。さりげなくぺたぺたと彼女のおっぱいを触っていたので、愛が背負っていた竹刀袋で頭を打った。


 後ろで悶えているモガミガワを尻目に、蓮たちはとりあえず起こそうとする。他の女性たちよりも身長が大きく、体型もがっしりしている。自分で動いてもらった方がよさそうだ。


「あのー、起きてー」


 愛が身体を揺さぶるが、全然起きない。


「おい、起きろー、おーい」


 続いて、蓮が身体を揺する。さらには、髪をわしゃわしゃと撫で、顔をムニムニと撫でる。飼い犬のジョンによくやる奴だ。これをジョンが寝ているときにやると、意外とすんなり起きるのだ。それを女性にやっているところを見る限り、完全に犬扱いである。蓮の中では犬とアタリを決めたらしい。


 しばらく顔をムニムニしていると、女の眉間がぴくぴくと動いた。蓮が「おっ」と言い、そろそろ起きるな、と思ったと同時、ゆっくりと彼女の瞼が持ち上がる。ブルーの瞳に、蓮の姿がくっきりと映っていた。


「お、起きた」


 そして、起きたと同時。


「……パパ?」


 ふわりと、彼女は蓮へと抱き着いた。


「……っ!!!」


 愛はその様子に一瞬ドキッとするが、当の蓮は一切動じていない。


「おー、よしよし。人懐っこい奴だなお前?」


 そう言いながら彼女の頭をわしゃわしゃと撫でている。さっきまで自分の服相手に狼狽していたくせに。


 犬だったら人間の姿で裸でも普通に接するのか。愛はぽかんとしながら、彼女の髪を撫でる蓮を見ていた。


 そして彼女の仕草も、見れば見るほど犬のようだ。顔をすりすりと蓮に擦り付けて、甘えているようにも見える。


「えーと、立てるか?」


 蓮が立ち上がると、彼女もゆっくりとだが立ち上がった。擬人化した身体への適応性も高いようで何よりである。


 そして、立ってみるとわかるが、結構な身長である。その身長は、蓮よりもちょっと大きいくらいだった。そんな彼女は、蓮の首筋に頭をぐりぐりするのをやめようとしない。


「お、おいおい、随分な甘えん坊だなお前」


 そしてそのまま路地裏から出ると、事態もある程度収束しかけているようだった。安里たちが尽力した結果である。


「おや、蓮さん。そのでっかいのは?」

「なんか離れてくれなくてよー。多分子犬だな」

「捨て犬かなんかだったんですかね? 蓮さんを親だと思っているとか? 刷り込み的な感じで」


 刷り込み。初めて見たものを親だと思い込む動物の習性の一つ。人間に近くなっている状態だとしたら、蓮を親だとみてもおかしくはない。


 彼女は蓮にぴったりくっついており、離れようとしない。蓮の服の裾をずっと掴んでいる。


「……擬人化したものは俺の研究施設で預かろう。その方が早く治せる」

「いや、お前に預けられるわけねえだろ。何するかわかんねえもん」


 モガミガワの発言に蓮はぴしゃりと答えた。さっきもナチュラルにセクハラしていた男だ。そんな奴のところに連れて行ったら、無機物はともかく、誰かのペットに不貞行為をしかねない。こいつに預けるなど論外だ。


「……事務所の地下ですよねえ、やっぱり」


 実にトラックにして4台。無機物が2台で、生き物が2台。これらを一ヵ所に集めておくとなると、安里探偵事務所の地下にあるスペースくらいしかなかった。


「任せた」

「はあー、仕方ないですね。……ところで」


 安里は溜め息をつきながら、蓮の方を見やる。


「何だよ?」

「彼女はどうするんですか? べったりですけど」


 当の彼女は、まだ蓮の首筋に自分の顔をこすりつけていた。


「そうだなあ……。多分離れろっつっても離れねえだろうし……」


 ちらりと彼女の顔を見れば、何も考えていない純粋無垢な瞳がキラキラと蓮を見て輝く。


「……ま、ちょっとの間面倒見るだけなら、母さんも許してくれるだろ」

「え、面倒見るの!?」

「元に戻るまでだよ。犬に戻ったら、里親探しするさ。さすがにこの姿のまんまじゃできねえしな」

「大丈夫ですか? 案外キリンだったりするかもしれないんですよ? その人」

「キリンなんか路地裏にいてたまるかよ!!」

「日本では一応、キリンがペットとして飼えるんですよ?」


 まあ、普通は飼う人などいないだろうし、いたら絶対に話題になっている。安里も冗談半分だ。


 だが、上から蓮に甘える彼女を見ていると、どうしても犬とは思えなかった。


「……ダチョウとかもあるかもですね」

「だから怖いこと言うなっつーの!」


 蓮は彼女をあやしながら叫んだ。


************


「―――――つーわけで、しばらく家で面倒を見る、『キュー』ちゃんです」


 紅羽家の食卓にちょこんと座る、白いワンピースに銀色の髪の女性を、蓮はそう紹介した。さすがに裸で家に上げるわけにも行かないので、服は帰り際に買ってきた。


 名前の「キュー」というのは、首輪についていた数字の「9」という、安直極まりない名前である。


「……いやいや、いやいやいやいやいやいやいや!!」


 真っ先に反応したのは、妹の亞里亞だった。


「無理があるよ、いくらなんでもそれは!!」

「何が?」

「女の人堂々と連れ込んで「面倒見る」ってところだよ!!」


 おそらく犬だろう、という事は説明したのだが、そう簡単に信じられるものでもない。何しろぱっと見、とんでもない美人なのだ。


「兄貴、誘拐はまずいよ……自首してきなよ」

「してねーよ誘拐なんて!! だから、アホな科学者が何でもかんでも人型にしちまうビームをあちこちに撃ってだな……!!」


 いつの間にか、蓮の中でモガミガワが実行犯になっていた。まあ、作ったのは彼だし、悪用しようとしていたのも事実なので、間違ってはいない。


 蓮が必死に事情を説明する横で、キューは座るのに飽きたのか、フラフラと立ち上がるとどこかへ行ってしまった。


「あ、オイ待てって!!」


 蓮が追いかけようとすると、「ぴゃああああああああああああああああああああああああ!!」という甲高い悲鳴が聞こえた。

 何事かと声の方向に行くと、キューがジョンに敗北していた。ジョンが彼女の頭にのしかかり、ドヤ顔をしている。


「ジョーーーーーーーーーーーーーーーーン!?」


 慌ててジョンをどかすと、キューはすっかり目を回していた。


 新参者との戦いは、ジョンの圧倒的勝利で終わったらしい。


「……まあ、仲良くなったみたいで、良かったわ」


 蓮はジョンを撫でながら、そう呟いた。

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