6-Ⅲ ~擬人化騒動の後始末~

「ふうむ、無機物を女体化させると、作られた目的に類似する行動以外の動きは見せにくい、か。これなら今後改良すればうまくいきそうだな」

「懲りろよ」


 冷静にレポートを取るモガミガワの頭に、蓮の手刀が入った。

 蓮にまとわりついていた服たちは、とりあえず体育座りをさせている。それでも絵面はまだかなり危険だが。

 服たちは蓮の所有物だったからか、蓮が「離れてくれ!」と頼むと案外素直に離れてくれた。それで、どうしたものかと思って「とりあえず座っててくれる?」と言うと、皆おとなしくちょこんとその場に座る。


「イメージ的には服を畳むみたいなもんですかね?」

「どっちでもいいから、早く元に戻せよ……!」


 パンイチ姿を手で身体を可能な限り隠しながら蓮は言うが、モガミガワは渇いた笑いを浮かべて肩を竦める。


「生憎、戻せるのもあの銃だけだったが、どこぞの貧乳が踏み砕いたせいで戻せん。全く新しいものを一から作るには、天才の俺様でも5日はかかる」

「は? 5日!?」


 蓮はちらりと、体育座りする7人の女を見やった。


「5日もこのままだってのかよ!?」

「仕方あるまい、一生戻らないわけじゃないんだ。それくらい我慢しろ」

「いや、我慢しろって言ってもよ……」


 蓮はちらりと後ろを見やる。ビルが擬人化した巨大な女は、なんでか知らないが腕を組んで仁王立ちのように立っていた。あれも5日間そのままなのか。


「……とりあえず、拾えるサイズのものは拾いましょうか。なんか食べたりしなくても大丈夫なのかな?」

「生物でないなら問題なかろう。動物も、とりあえず人間の食べる物なら食中毒は起こさんはずだ。身体の構造も擬人化しているだろうしな」


 さすがにこのまま全裸の男女を町にのさばらせておくわけにはいかない。公序良俗とか、そう言ったものにケンカを売るつもりは毛頭ない。


 そんなわけで、今度は全裸の男女の回収作業に入ることになった。


 朱部がどこからかトラックを引いてきて、とりあえず荷台に乗せていく。生き物でない物の擬人化――――――例えば看板とか、自転車とか。そういったものは、持ち主に話を付けて、預かれるものだけ預かった。


「せっかくだから元に戻るまで看板娘にでもするよ。文字通り」


 と言って、看板娘(さすがに裸はまずいので服は着せている)をそのままにするお父さんもいたりしたが、おおむね回収は容易だろう。


 問題は生き物……ペットとかだ。


 全裸の男は確定で動物なので強制的に確保……なのだが、混乱に乗じた露出狂も何人か混じっていたので困ってしまう。


「いいじゃないか、こんな堂々と露出できるチャンスなんて一生に一度あるかないかだぞーーーーーーーーーっ!!」

「あったってやっちゃダメなんだよ!!」


 喚く露出狂をふん縛っても、ちゃんと分けないと動物の擬人化なのか人間なのかわからなくなるという始末である。


「おい、何か見分ける方法ないのかよ!?」

「ない。そもそもこんな大量に擬人化する想定じゃなかったからな!!」


 そんなこんなで、アホな人間と動物を仕分けるというのが一つ目の苦難。


 そして、もう一つの苦難として、動物たちの場合は、無機物と違ってめちゃめちゃ動き回るのである。


「うわー、全裸の男女が互いのケツの匂いを嗅いでるー!」


 犬や猫の姿ならコミュニケーションの一環なのだが、人間の姿でこれをやっては大変だ。


 さらに。


「ぐえーっ!!」


 安里の悲鳴が聞こえたので見てみると、全裸の男たちに安里が抱き着かれていた。きっと人懐っこい奴らワンコだったんだろう。ひどい絵面ではあるが。


「ちょっと助けて下さ……うわ、舐めないでくださーい!!」


 ひどい絵面だが、蓮はちょっと「ふっ」と失笑した。普段のこいつの悪役ムーブ的に、いい気味である。


 それから、裸の男に首輪をつけて散歩しているおばあちゃんから男(犬)を回収し、ゴミを漁っている女(カラス)たちを回収し、木にくっついている裸の女(カナブン)を回収したりした。


「多過ぎだろ!!」

「ウッキー、ずっとビーム打ちっぱなしだったからな」


 騒ぎのあったエリアでは、蓮以外にも下着姿で立ち往生している人たちもいる。彼らの服も擬人化してしまったんだろう。ちなみに、蓮は既に近くの店で間に合わせの白Tシャツにフリーサイズのズボンである。


 ちょっと休憩で、蓮とモガミガワは公園のベンチに座っていた。周りでは、だいぶ収まったがまだちらほらと全裸の男女がうろうろしている。


「ふははは、まるで楽園エデンだな。これで女どもが皆俺に従順なら完璧なんだが」

「……そんなんでモテて嬉しいのかよ、オッサン」

「オッサンはやめろ、まだ俺は30代だ」


 オッサンだろうがよ、と悪態づく蓮の横で、モガミガワが煙草をくわえる。


「……俺はお前みたいなヤンキーが嫌いだ。それより嫌いなのはモテる奴。覚えておけ、38年彼女がいないと、男はこうなる」

「アンタだけだ、そこまでこじらせるのは」


 蓮はそう言って毒づくと、煙草の匂いに顔をしかめる。今時電子タバコでもない、普通のタバコだ。


 そして、思いっきりため息をつく。まだまだ回収作業が終わらないのもあるが、蓮にとっては服が擬人化した方が実はショックがデカい。


 着ていた服は、いわゆるお気に入りコーデという奴で、それが5日も着れないというのが、地味につらかったのだ。

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