6-Ⅱ ~大パニック、擬人化クライシス~

 何か面白そうなおもちゃを拾ったので遊んでいたら、人間がものすごい形相で追っかけてきている。

 猿のウッキー39号が慌てて逃げだすのも仕方ないことであった。そして、おもちゃの光線銃のトリガーは常に力を入れて拳を握るウッキー君によって引きっぱなしであった。

 なので、彼が逃げ回るたびにあらゆるものが裸の人間へと変貌する。それは猿にとっては、訳の分からない光景であった。


「……くそ、逃げ足はええなあの猿!!」

「うかつに近づくと、変なものを擬人化する可能性がありますしね」


 蓮たちはウッキー39号を捕獲するのに、思いのほか手間取っていた。

 その理由は主に二つ。一つはウッキー39号の身体が小さく、身軽なこと。だが、それだけなら蓮の運動神経であればさほど問題はない。

 問題は2つ目。蓮たちは粗大ゴミ2つを連れて走っていたのだ。べらべらとまあ、よくしゃべるゴミ野郎どもである。


「あんまりスピード出すなよ!! 俺はゲボを吐くぞ!!」


 蓮の背中にくっついているモガミガワはそう言って蓮を脅す。さっき転ばしたときに足首を挫いたらしい。他に背負える奴もいなかったので、蓮が背負っている。


「捕まえてえのか捕まえさせたくねえのかどっちだテメーは!!」


 言い争っているうちに、またウッキーがあらぬ所へと銃を発射した。光線は蓮たちを掠め、後ろにあった高層ビルに命中する。


 高層ビルがめきめきと姿を変え始め、人間の身体へと変わっていく。元のサイズがサイズなだけに、大迫力なすっぽんぽんの女性へと変貌した。


「うわあああああああああああああ!!!」


 巨大な女を見上げながら、蓮たちは叫ばずにはいられなかった。


「え、あれ、中にいた人とかどうなってんだよ!?」

「知らん、どっか内臓の中にでもいるんじゃないか」

「胃の中とか、死人が出るだろ!!」


 幸いなことに、女は巨大ではあったが、歩いたりせず立ちっぱなしだったので、まだ助かった。中に人がいるのかもしれないが、出てくる様子はない。


「……まさか、全員死んだとか……?」

「いや、中にいますね。どうやら、人型ですけど体内は普通に会社みたいです」


 双眼鏡で巨大女を見ていた安里の報告に、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。


「つーか、あんなデケーもんまで女にするのかよあの銃!!」

「ウッキーめ、さては出力を最大にしているな……?」


 モガミガワの考察を聞くこともなく、正面を向いた蓮はギョッとした。

 ウッキーが歩行者天国に行こうとしていたのである。あんな人の多い所に行かれたら、さらに大惨事で見失いかねない。


「おい、愛!! 挟み撃ちにするぞ!!」

「えっ!?」

「俺がアイツの正面に回り込むから、お前後ろから追い詰めろ!!」

「わ、わかった!!」


 蓮の指示に愛は頷く。が。


「ちょっと待て、其れって加速するという事か!? 言ったろ、これ以上早いとゲボ吐くって……!!」

「うるせえ勝手に吐いてろ!!」


 制止するモガミガワの意見など聞かず、蓮は勢いよく走りだした。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーオロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!」


 キラキラをまき散らしながら、蓮はウッキーを追い抜くように走る。


 そして。


「待てコラアアアアアアアアア!!!」

「ウキャアアーーーーーーーっ!!」


 ものの数秒で、蓮はウッキーの前に出た。


「キッ、キーーーーーーッ!!」


 慌てたウッキーは後ろへ方向転換しようとするが、すぐ後ろにも人が迫ってきている。


「追い詰めたぞこの猿……!!」


 だが、パニックになっていたウッキーは咄嗟の行動をとった。光線銃を、蓮に向けて放ったのである。


「……悪いな、俺にはそんなもん効かねえ……!!」

「あ、バカ!! よけろ!!」

「あ?」


 モガミガワの掛け声に蓮は躱そうとした――――――――が、できなかった。

 原因はほかでもない、モガミガワである。蓮の足元には、彼のまき散らしたキラキラがあった。

 躱そうとして、それを踏み、バランスを崩した。こんなんで転ぶほど蓮の体幹はヤワではないが、それでも光線を躱すほどの余裕はなくなる。

 結果として、蓮は光線をもろに浴びた。


「だから、そんなもん効かねえって……!!」


 そう、蓮には効かなかった。だって、元から人間だもの。


 だが、彼の着ている「服」は別である。

 

 なんだか急にズシリという感覚が、蓮を襲った。自分が背負っているのは、モガミガワだけで、そいつもそんなに重くなかったはずだが。

 なんて思っていると、蓮の目の前にいきなり美女の顔が現れた。


「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」


 そして、重みが背中と、後は腰にも。そして、なんだか急に足元がスース―する。


 一体何が起こったのか、愛ははっきりと見ていた。


「きゃああああーーーーーーーーっ!! 蓮さんが裸の女の人たちに絡み付かれてるーーーーーーっ!!」


 蓮の着ていたジャケット、Tシャツ、ズボン、靴下(左右)、スニーカー(左右)、合計7点。全員もれなく裸の美女となって、蓮にまとわりついていた。


「うわああああ!!」


 モガミガワはジャケットの擬人化により背中から吹っ飛ばされたが、蓮はそんなことを気にしている余裕もない。何しろ服が擬人化してしまったせいで、彼もパンイチなのだ。限りなく女体に近い柔らかい感触といい匂いが、ダイレクトに蓮を襲う。


 蓮の思考は完全にフリーズしてしまった。


「蓮さ―――――――ん!?」

「おのれえ、擬人化した服に抱き着かれるとか……羨ましいぞコノヤロー!!」


 叫んだモガミガワの頭に、ウッキーが突っ込んできた。


「ウキ――――――――っ!!」

「モガっ!!」


 したたかに頭を打ち、モガミガワは気を失う。ウッキーはそのままモガミガワの頭にくっついて離れない。


「ど、どうしたんだろ?」

「怖かったんじゃないですか? 怖いお兄さんに追い立てられましたしねえ」


 安里の解説を聞きながら、愛はウッキーが放り捨てた光線銃を拾う。安里に渡すと、彼を背負っていた朱部がかっさらって踏み砕いた。


「あっ」

「これで被害は広がらないわ。どいつもこいつも巨乳になる、不快な被害はね」


 ともあれこれで、この事件自体は解決という事になるのか。


「……なあ」


 声のする方を見やると、裸の女たちに抱き着かれて姿の見えない蓮がいた。


「何でこいつら離れてくんねえの?」

「服だからじゃないです?」


 安里の言葉に、蓮は顔を真っ赤にすれど言い返すことはできなかった。

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