6-Ⅰ ~悪の天災科学者、Dr.モガミガワ~

 最上川貴司もがみがわたかし、38歳。独身。

 彼の青春とは、そのすべてがコンプレックスによって形成されていると言っても過言ではなかった。


 運動嫌いの頭でっかち。勉強ができるからと見下した態度。

 学校内でのいじめの標的にされるのは仕方のないことであった。


 最初はバカどもめ、と精神的優位を保つことでやり過ごしていたが、高校に入って彼の自尊心は大いに傷つけられることとなる。


 いじめっ子がモテたのだ。いわゆるクラスカーストの最上位ともいえる彼らの周りには、いつもキラキラ輝く女子がいた。若かりし最上川がひそかに思いを寄せていたクラスのマドンナも、自分にたわしを食わせる男の膝に座るといういちゃつきっぷり。


 思えば、彼のブレーキが壊れたのは、この時だ。


 腕力はクラスで一番なかったので、武器を使うことにした。ただ、刃物など持っていても使いこなせない。なら、頭を使おう。


 特殊な薬を調合して、いじめっ子は一生「うんこ」としか言えなくしてやった。クラスのマドンナには、チ〇コが生える薬を弁当に仕込んだ。二人は学校に来なくなった。


 生徒指導の教師には、「お前が犯人だろう」とこってり絞られた。自分が犯人なんだから仕方ないのだが、髪を掴まれて机に叩きつけられ、前歯を折られたのは腹が立った。

 なのでお詫びのしるしとしてプレゼントを贈ってやった。ボールペンだ。いわゆる悪戯用のビリビリペンだが、象も気絶するレベルの高圧電流に改造しておいた。

 後日、生徒指導の先生は心肺停止で緊急入院し、一命をとりとめたその後、教師を辞めた。


 クラスでも、誰も彼をいじめる者はいなかった。というか、話しかける者すらいなかった。

 元々いてもいなくても変わらない連中だ。最上川は学校には出席し続け、皆勤賞だった。


 大学に進学しても、彼は全くモテなかった。というか、工学部だったので出会い自体がない。合コンに参加しても、チャラ男の引き立て役にされるだけ。

 腹が立ったので、自分以外の全員の酒に下剤を入れて帰った。その後、居酒屋は大惨事になったらしいが、知ったことではなかった。


 頭脳と技術を生かして、会社の開発チームに入ったが、上司のパワハラっぷりに参ってしまった。その上司は、ある感染症にかかって死んだ。


 「アタマカクシテシリカクSARSサーズ」。最上川が作った感染症病原菌で、特殊な病気を引き起こすウイルスだ。

 その症状は、「穴があったら頭を突っ込まずにはいられなくなる」というもの。パワハラ上司は、トイレの便器に頭を突っ込んでおぼれ死んだのだ。


 このウイルスを会社にばらまき、社長を脅迫した。トイレに連れて行くだけで脅せるのだから、こんなに楽なことはない。退職金に加え、血清でがっぽりと儲けてやった。


 そうして、現在はフリーで様々な発明をしては、悪の組織に技術と頭脳を提供して生計を立てている。


 肩書は、「悪の天才科学者・ドクター・モガミガワ」。カタカナ調にしたのは、なんとなくかっこいいから。


 そんな彼は、今日も己の欲望のために、恐怖の発明を続けるのだ……。 


************


「……というわけで、理想の女を作ろうと擬人化ビーム銃を作ったはいいが、実験用に飼っていた猿が持って行ってしまってな。ご覧の有様、というわけだ」


 顔面がボコボコに腫れ上がっているモガミガワを連れて、蓮たちは町を走り回っている。あちらこちらに、全裸の男女が現れて町は大混乱になっていた。


「しかし、やはり俺の発明は素晴らしいな。このレベルの擬人化ができるのであれば、もう恋なんてしなくてもいいじゃないか」

「アホなこと言ってんじゃねえよ。大体彼女作りたいならリアルで作りゃいいだろうが」

「たわけが。リアルの女なんて裏で何言っているかわからんじゃないか!」

「卑屈だなあ~」


 蓮に口答えをするモガミガワの言葉に、安里は渇いた笑いを漏らす。


 きっとこの人は水商売のクラブに行っちゃいけないタイプの人だ。聞いてみたら案の定童貞だそうだし。

 こういうタイプは「リアルの女はクソだ!!」と見下しがちで、「所詮クソ女しかいないからな!!」とか言って風俗とかにもいかないタイプなんだろう。

 そして1回行ってしまうと、こういう奴こそどっぷりハマるのだ。


「風俗ぐらい行ったらいいじゃないですか。向こうだってプロでお金もらってるんだから、素人より気持ちよくしてくれますよ」

「馬鹿を言うな! そんなの真実の愛ではないだろう!」


 セックスに真の愛とかを持ち出す、38歳童貞の叫びは、むなしく町に響いた。そんなこと言ってる年齢でもないだろうに。


「とにかく、猿を捕まえんことには始まらん。幸い、あのビームは人体には無害だ。そもそも人間以外のものを擬人化するものだからな」


 そう言って走っている蓮たちの前には、全裸の男女がずらりと並んでいる。恐らく猿がビームを当てたモノなんだろうが、一体元が何だったのかは想像もつかない。


「とりあえず裸の男は生き物だろうな。俺が設計したとき、無機物はとりあえず女の身体になるように設定している。動物は元の性別に引っ張られるんだろう」

「じゃあ、裸の男は動物確定ってことか?」

「その通りだ」

「……ん? でも、元々オ●ホを擬人化しようとしてたんですよね」

「そうだが?」

「無機物は無反応なら、オ●ホも無反応なんじゃ……」

「……あっ」


 どうやらそこまで、モガミガワは考えていなかったらしい。


「と、とにかく!! お猿さんを捕まえないと!!」


 話の流れに耐え切れなくなったのか、愛が大きな声で叫ぶ。


「……あ、そうだな。すまん」

「ちょっと会話がセンシティブ過ぎましたね」

「――――――ふん。女子高生など、性の盛りだろうに」


 悪態をつくモガミガワの足に、蓮は足払いをかける。

 モガミガワは、盛大にすっ転んだ。

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