5-ⅩⅩⅡ 〜嫌〜なフラグが立ちました。〜

 あっという間に、試合まで残り3日となった。蓮はろくにチームにも顔を出さず、野球のルールブックを眺めては放り投げてを繰り返していた。勉強もそうだが、座学に対しての耐性がなさすぎる。


 そんな時だ。安里に「面白いものが見れるからグラウンドに来てください」と言われたのは。

 何事かと思って見に行くと、ひときわ大きな男がユニフォームを着てマウンドに立っている。


「……あれ、孝道?」


 あの高身長は見まごうことなく庵田孝道である。ベンチでは監督の榎田と八木、そして安里が並んで座っていた。


「おい」

「あ、蓮さん。どうもどうも」

「アイツの球、どうにかなったのか?」

「ええ、まあね」


 見ててください、という安里の指示に従い、蓮も座って眺める。


 孝道が振りかぶる。2m近い身長から生まれる投球のストロークは、メジャーリーガーだって真似できない。その投球フォームは、高身長もあってか非常に見栄えするものだ。


 そして、しなやかに伸びる腕から放たれた一球。一瞬で視界から消え、その直後にズドン! という、おおよそ野球のピッチングとは思えない音がグラウンドに響く。


 皆がその投球に驚く中、蓮は別のものに対して驚いていた。


「……捕りやがった……!」


 ピッチャーあるところに、キャッチャーがある。この剛速球を、受け止めた猛者がいたのだ。煙を上げる野球ボールが、キャッチャーミットの中にしっかりと納まっている。


「ナイスキャッチです」


 安里が拍手しながら立ち上がる。隣にいた榎田も、「これなら勝てる……!」と口角が緩むのが隠し切れないようだった。蓮はその光景に眉をひそめる。


「おい、あのキャッチャー、誰だよ?」

「実は俺も知らないんだ。なんか、急にうちのチームに入りたいって鳴り物入りで入ったらしくて……」


 鳴り物入り? 八木の言葉に、蓮はさらに眉間にしわが寄る。周囲の反応から察するに、どう考えても安里の差し金だろう。


 蓮はつかつかとキャッチャーに近づくと、小柄なキャッチャーのマスクを引っぺがす。

 その顔を見て、蓮はひっくり返りそうになった。


「……夢依!?」

「おっす」


 何食わぬ顔で挨拶してくるのは、小学3年生の安里夢依であった。


 蓮はギロリと、後ろで笑っている安里を見やる。姪っ子に何やらせてんだこの畜生は。


「……お、お前……!!」

「逆転の発想です。助っ人が一回しか出られないのなら、正規の方法で助っ人をチームに入ればいいんですよ」


 そう言って、安里はひらひらと1枚の紙きれを見せてきた。徒歩ウォーカーズの入団募集用紙で、切り取り線の下がなくなっている。恐らくは入団希望者である夢依の名前を書いて監督に渡したのだろう。


「少年野球に男女はないのでね。ワシも最初は面食らったが、こうして捕れる子が入ってくれれば……! 当日も行けるぞ!!」

「だからって、お前……!!」


 安里の事だから、何かしらの小細工をしているのは目に見えている。

 そうでなければ、小学3年生の女の子が、あんな剛速球を捕れようはずもないのだ。

 蓮は安里の襟首をひっつかむと、グラウンドの外まで引きずり出した。


「鬼かてめーは! あんなん、当たり所悪かったら死ぬかもしれねえんだぞ!!」

「安全性には最大限力を入れていますよ。スポーツはケガしなくてなんぼですしね」

「だからって、姪っ子にあんな球捕らせる叔父がどこにいる!!」

「夢依だって合意の上ですよ。新作のゲームの課金を5万まで許すのを条件に」

「買収されてんじゃねえか!」


 あまりの外道にキレる蓮の肩を、ぽんぽんと安里はなだめるように叩く。


「まあまあ落ち着いてください。夢依が球を捕れば、孝道君も思い切り投げられるし、チームの勝率も上がります。いいことづくめじゃないですか?」

「でもよ……アイツ、まだ本気じゃねえんだろ? もし本気で投げて、無事で済む保証とかあんのかよ?」

「はははは、そうそう本気で投げないといけない機会なんてないですよ。あの球速、メジャーリーガーだってパーフェクトにできますって」


 そう言って、安里は「ふふふ」と笑いながらグラウンドに戻ってしまう。


「……ちっ」


 ともかく、これで孝道は試合にフルで出ることになるだろう。自分の助っ人は、究極いらなくなる可能性まで出たわけだ。まあ、普通あんな球を放られたら手も足も出ないだろう。


 グラウンドに戻って様子を見てみると、夢依と孝道をみんなで取り囲んで楽しそうに騒いでいる。まあ、あんな球を試合で使えるなら、勝ち確ムードにもなるか。

 気に食わねえ。そう思ったとき、ふと人だかりの遠くにいる影が見えた。


 八木の弟で、ピッチャーだった八木昇だ。人ごみから外れて、一人で黙々と素振りをしている。


「……おい、どうした」

「! あ、兄ちゃんの友達の」


 なんだか気になって話しかけると、蓮が来たことにも気づいていなかったらしい。


「何してんだ、素振りか?」

「はい。僕、レフトになったので」


 榎田はレギュラーを決めたようだ。ピッチャーは当然孝道で、キャッチャーは夢依。それまでピッチャーだった昇は、外野になったってことか。


「……大人が相手だから、作戦としては間違ってないのは分かるんです。でも、なんか、ちょっとやりきれなくて」

「あー、まあ、そうかもな」


 いきなりぽっと出の、しかも女の子がレギュラーになってしまっているのだ。勝利のためとはいえ、チームの監督としてはちょっと、いや、相当格好悪いとは蓮も思う。


「正直、僕は野球ができるならなんでもいい。このグラウンドじゃなきゃ嫌だとか、そんなのないし。なんなら、兄ちゃんとキャッチボールしてバッセンしてる方がいい」


 勝負がなくて、気楽だから。昇はバットを振りながら言った。


「なんかみんな気持ち悪い。勝ちしか見てなくて……」


 昇の言葉は、グラウンドの使用権なんかも視野には入っていない、純粋な野球のプレイヤーとしての意見だ。


「……そうだな、ちょっとキモいよな」


 蓮はしゃがみこむと、そう言った。


「俺もそう思うわ」


 どいつもこいつも大人げない。にぎやかなグラウンドをよそに、蓮と昇はちょっとサボってジュースを買いに行くことにした。

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