5-ⅩⅨ 〜謎の妨害者〜
グラウンドが、にわかに騒がしくなっている。何事かと思って急ぎ目で行くと、その光景に蓮たちは目を疑った。
まるで雨が降ったかのように、グラウンドが水浸しになっていた。現在、子供たちとその保護者達が総動員でグラウンド整備をしている真っ最中だった。
「なんだこりゃ!」
今の天候はむかつくほどの晴れで、雨も小雨が三日ほど前に降った程度だ。目の前のグラウンドをびしゃびしゃにするほどの規模ではない。
「水撒きでもしたんですか?」
「あ、紅羽君! それに……確か、マネージャーさん?」
こちらに気づいた榎田が駆け寄ってくる。齢70ながら率先してこのグラウンドの整備をしているようで、来ているユニフォームはどろどろだ。
「なんかあったんすか」
「あったどころじゃないんだよ! 朝来てみればこの様だ」
そして一人で整備をしているうちに子供たちも来たようで、一緒に泥を掻き出している、というわけらしい。
「それは、ひどいいたずらですね……」
「悪戯ってレベルでもねえだろ、コレは」
ちらりと見やれば、野球のグラウンドをならす器具も、いくつか折れているものがあった。これをやった奴はかなり悪質だ。
「倉庫にあったものは鍵をかけていたので無事だったんですが、外に出していた物が……おまけに、見てくれ」
榎田がそう言って持ってきたのは、ペンキ塗れの点数表だ。
「ひどい……!」
「予備があるので、試合までには問題ないんですが……! 一体誰がこんなことを……!」
ぶつくさ言う榎田の様子に、蓮は安里に顔を傾けた。
(……商店街の連中か?)
(まさか。子供の練習を妨害なんて、流石に大人げないが過ぎますよ)
それに、このグラウンドを使いたいのは向こうも同じなのだ。わざわざ自分たちの手でめちゃくちゃにするなんて、明らかにおかしい。なので、ウォークマンズはこの件に関してはシロだろう。
となると、一体誰がこんなことをしでかしたというのか。
「……とりあえず手伝う。何したらいい?」
「え、じゃあ……ハケで水たまりをならしてくれるかな。その方が早く土も乾くから」
ん、と蓮は了承すると、倉庫にあったハケで水たまりをならす。力とかが必要になる場面ではないので、絵面は大層地味だ。
黙々と作業する様子を、榎田と安里たちは遠巻きに眺めていた。
「子供たちには、今日は基礎トレーニングだけと言っています。さすがにこんな状態じゃね」
「ですねえ。今日の天気が続けば、今日明日で乾くとは思いますけど」
「だと、いいんですが。試合も近づいていますからね」
「……試合と言えば。レギュラーメンバーは決まっているんです?」
「ええ、大まかには」
榎田はそう言い、自分の椅子へと戻っていった。そして、戻ってくるとファイルに綴じたメンバー表を差し出す。
榎田曰く、メンバーはかねてより大会に向けてある程度固まっていたらしい。今回もそのオーダーのまま行く方針だそうだ。なにより、これがウォーカーズのベストメンバーである。
そしてそこに、庵田孝道の名前は入っていない。
「孝道ですか? いや、私も入れられるなら入れたいですが……。彼に、会ったんでしょう?」
「ええ。すごかったですね。小学6年生であれでしょう?」
あの時のピッチングは、素人の安里ながら目を見張るものがあった。だからこそ、彼をマウンドに何としても立たせたいものだが。
「実はチーム内には、孝道のことを怖がっている子もいます。彼の素性について、噂になったことがありまして。……それからですかね、孝道がグラウンドに来なくなったのは」
「ほう。噂」
自分たちのほかに、孝道の素性を突き止めたものが、どうやらいるらしい。そしてその情報を、嫌がらせ目的で使っていることは間違いないだろう。敢えて怖がらせるように、チームの子供たちに広めたのだ。
「……ちょっと、本気で検討してみましょうか」
ハケでグラウンドをならす蓮を見やりながら、安里はぽつりとつぶやいた。
**************
一通り水たまりもなくなり、後は乾かすだけ。というわけで、子供たちはグラウンドの周りを声を出しながら走っている。
ベンチでは一仕事終えた蓮が、ペットボトルのお茶を飲んでいた。安里たちとの情報共有である。
「噂、ねえ」
「孝道君関連でも、何かきな臭いことがあるのかもしれないですよ?」
「……まあ、怪人の息子ってなりゃそうだろうな」
蓮はそう言いつつ、孝道の顔を思い出していた。自分が球を捕った時の、明るくなった表情が、大人びている彼の中の本当の部分なんだろう。大体、彼はまだ小学生だ。
「それで愛さん、お弁当のメニューは聞けました?」
「はい。ばっちり」
安里の問いに、愛はメモにびっしり書かれた子供たちのお弁当メニューを見せてきた。唐揚げ、とんかつ、フライドポテト。さすが育ち盛りというかなんというか。いかにも、タンパク質と炭水化物を摂りたい! という主張強めのメニューになりそうだった。ちょっと変わったものでも、アジフライである。野菜が一切ないのが、なんとも小学生らしい。
「いやあ、豚キムチなんて酔狂な子はいないですね、流石に」
「……べ、別にあれはあん時食いてえなと思っただけで……」
「まあまあ。お父さんと話して、入れられそうだったら入れるから」
けっ、とそっぽを向いた蓮は、グラウンドから離れたところにいる男と目が合った。
男は中年の男性で、スーツ姿である。なにより、その男を蓮は見たことがあった。
男も、蓮と目が合ったことに気づいたらしい。逃げるように、グラウンドから離れようとする。
「あ、おい!」
蓮はさっと立ち上がるが、気づいた時には、もう姿はない。
「蓮さん、どうしました?」
「……いや、今よ。アイツがいたんだよ」
「アイツって?」
「……橋本……」
孝道の父親である橋本智弘が、そこにはいた。
一体何の用だったのかはわからない。スーツを着ていたし、仕事の途中で寄っただけだったのかもしれない。
が、グラウンドを眺める彼の目は、とても悲しい目をしていた。
「……わっかんねえことが多すぎらあ」
たかだか、少年野球だってのに。蓮は頭を掻くと、そのままベンチに納まった。
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