5-ⅩⅦ 〜雨村カスミという女②〜

「はあーあ、またダメかあ……」


 がっくりと、ニーナ・ゾル・ギザナリアはアジトでうなだれていた。

 そろそろ「ゾル・アマゾネス」の計画繁殖の時期なのだが、いい男がいない。構成員を作るための男は、強い男でないとダメなのだ。


「……例の、ママの先輩のご子息に頼むというのは、どうしてもダメなんですか?」

「それだけはダメだ。それをやったら、妾は間違いなく生きていけなくなる」


 一度戦ったからこそよくわかる。あのレベルの雄は他にはいないだろう。だが、よりにもよって自分の手の届かないところにいる、というのが、何とも歯がゆくて仕方ない。ギザナリアは溜め息をついた。


「はあーあ。他にいい男はいないもんかねえ」


 その瞬間、アジト内に一昔前の着信音が鳴り響く。


「ん?」

「ママ、電話」


 ギザナリアはすぐさまスマホを手に取る。


「お電話ありがとうございます、ゾル・アマゾネス人材派遣、内藤がお受けします」


 普段の業務用の声に早変わりしたのを見て、女2人は顔を見合わせる。


「あ、松さん? はい、はい。はい。ああ、例の件ですね。それでしたら、明日の14時お時間大丈夫ですか? ええ、その時間なら空いていますので」


「……ママ、本当に変わり身早いよね」

「最強のアマゾネス怪人にして、元OLの現社長だからね」


 こういう電話対応は、会社に勤めていた時に叩き込まれたものだ。そして、叩き込んでくれたのは、他でもない例のだったりする。今でこそ専業主婦でのほほんとした雰囲気は変わらないが、OL時代はそれはそれは恐れられていた。OJTがあの人になったと言った途端に、周囲の男性陣がさっと自分から距離を置いたのだから。


「……お前たち。明日、時間あるな?」

「あ、ハイ」


 電話を終えたギザナリアが、悪の組織モードで2人に向き直る。女怪人二人は、ぴしっと姿勢を正した。


「……お得意様と会う。お前たちには参加してもらうことになるからな」

「……あの、ちょっと聞いていいです?」


 赤い角の、金棒を持った女怪人が手を上げた。


「なんだ」

「その、参加するのは別にいいんですけど……相手が、相手ですよね」

「……そうだな」


 ギザナリアは腕を組み、眉間を指で押さえた。


「そうなんだよなあ……」


 そして、がっくりとうなだれる。


「そうなんだよぉぉぉぉぉ……本当にぃぃぃぃぃ……!」


 頭を抱えて、低くうなり始めた。そのうなり声は、アジトの周囲を震わせるほどの振動を起こしている。


「おのれ、アザト・クローツェめ……! こうなるのも織り込み済みか!」

「アザト・クローツェ……直接会ったことはないですが、そんなにすごいのです?」

「すごいというか、得体が知れん。だが、裏で糸を引くことに関しては右に出る者はおらん」

「……それが、例の「レッド・ゾーン」と一緒に?」


「レッド・ゾーン」。それは、アザト・クローツェの懐刀として、悪の組織でまことしやかにささやかれている噂。恐ろしく強い怪物が、彼には付いているらしいが。


 その正体が紅羽蓮だという事を突き止めたのは、つい最近のことだ。


「……十中八九、彼の事だろうな」


 以前話した時、バイト先がアザト・クローツェの所だと知った。となると、それ以外には考えられない。


「……とりあえず、なるべくアイツに接触はするな。今でさえいつバレるかひやひやしとるんだ、余計な心労を増やしたくない。最近はもう、胃薬がないと落ち着かぬのよ」

「……あの、ママ」


 赤い角の女がおずおずと話しかける。


「なんだ」

「実は、そのぉ……。あたし、知らなくてぇ。彼が例の男の子だってこと。それで……」

「……どうした?」

「彼とぉ、野球の練習する約束、しちゃったんですよねえ。次は明後日」


 ギザナリアの顔から血の気が引き、手を置いていた机にひびが入る。


「ま、ママ!?」

「……それ、本当か?」


 ギザナリアの言葉に、女は頷く。ギザナリアは、深いため息をついた。


「……聞いてないぞ、!!」


 赤い角の女――――雨村カスミは、「いやあ、マジかー」と頬をポリポリと掻いている。


「マジかー、あの人が「レッド・ゾーン」なんだなーって。分かったの、昨日の夜なんですよ。ママが蓮ちゃんのお母さんと話してるの聞いちゃって。今日なんて、それこそウォーカーズの助っ人やってくれって頼まれちゃってたんですよねえ。それは理由つけて断りましたけど」

「あたり前でしょ!」


 青い角の女がカスミに向かって叫ぶ。


「いや、わかってるよ? お姉ちゃん」


 青い角の女は、雨村ホタル。カスミの姉であり、「ゾル・アマゾネス・サービス」の正社員である。

 ぎゃんぎゃんと騒がしくなり始めた場に、ギザナリアはオーラを放った。すさまじいプレッシャーに、二人はぴたりと止まる。


「……ケンカするな。カスミ、ともかく怪しまれないように、予定はキャンセルしろ」

「え、でも、スパイとか行けるかなって思ったんですけど」

「そんなことして、当日に本性をばらしてみろ。あの子、怒り狂うに決まってるだろ」


 蓮がギザナリアを地下闘技場でボコボコにしたのは、「ゾル・アマゾネス」内でも周知の事実である。

それに、「レッド・ゾーン」としてのエピソードも、あの強さなら納得だ。邪神を寝ぼけて蹴り殺したとか、怪獣を一方的に叩きのめすとか、それこそ悪の組織をたった一人で壊滅させるとか。あながち冗談とは思えなくなってくる。元々の蓮の性格を考えても、騙したりするとめちゃめちゃ怒るタイプであることは、ギザナリアはよーくわかっていた。


「蓮ちゃんには「事情があって会えなくなった」と言っておけ。それでもだめなら、妾がそれとなくフォロー入れておくから」

「はあ」


 蓮が関わっている以上、自分は身を引くのが最善の策である。だが、今回引くに引けない事態になってしまっている。


「……恨むぞ、アザト・クローツェ……!」


 ギザナリアの周囲を覆い潰さんばかりのオーラが、アジトである雑居ビルを包んでいった。

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