5-ⅩⅢ 〜探偵事務所はいつも閑古鳥がなく〜

「どう思います?」

「何が」

「決まってるでしょ。孝道君の事ですよ」


 帰り際、安里の言葉に蓮が首を傾げた。

 正直、思うところがないわけではない。というか、思わない方が難しいだろう、アレは。ツッコミどころがあまりにも多すぎる。


「……小学生でアレはねえだろうよ」

「まあ、普通の小学生でアレはないですよね」

「でもなあ……」


 そうして、互いに顔を見合わせた。

 お互い、普通でない環境にどっぷり浸かっている身だ。どうしたって、そういう風に見えてしまう。


「……ちょっと調べてみましょうか。まだ試合まで時間はありますからね」

「……じゃあ、そっちは任せるわ。俺はもう一回カスミに当たってみる」

「例のビチ校の女の子ですか。……そんなにすごいんです?」

「多分な」


 正直素人の蓮には、そこまですごいのかはよくわかっていない。だが、バッティングセンターの打ち込みはその辺の大人よりもはるかに上だった。

 誰が野球できるかなんてわからないので、身近で野球ができそうなのが彼女くらいしか蓮の選択肢はないのだ。


「お前がモヤシじゃなけりゃなあ。こんな面倒なくて済んだのによ」

「何を言うんです。ちょっとくらい弱点がないとキャラクターとして寒いでしょ」

「何を言ってんだお前は」


 そう言ってスマホからカスミに電話を掛けるが、やはり繋がらない。蓮は「しょうがねえ」と言うと、「話があるんだけど」「電話くれ」とメッセージを残した。


 とりあえず、三人目の助っ人について動けるのはひとまずここまでだろう。

 あと、蓮たちができることと言えば、当日どうするかの作戦を事務所でさらに練ることだった。


「やっぱり、蓮さんが全打席でホームランすれば済む話だと思うんですけどねえ」

「……それってルール違反じゃないですか?」


 事務所でつぶやく安里の前に、愛がコーヒーを置きながらツッコんだ。


「代打って、控えの人と代わるからその後も試合に出ないといけないですし、物理的に無理ですよ?」

「なんだ、お前詳しいのか?」

「うちはお父さんがよく野球見てるからねー。昔、野球部だったんだって」


 テレビの取り合いで夫婦喧嘩にもなったらしいが、最近だと母の方が折れているらしい。夕食時の立花家は野球中継とともにある。


「昨日なんか、斎藤投手が現役引退するとかで結構話題になってたな。俺は知らんが、甲子園? とやらで大層盛り上がる試合をしたそうだし」


 愛の刀に憑りつく幽霊、霧崎夜道もすっかりはまってしまい、竹刀袋の中からこっそり野球を見ているくらいだ。今では選手の名前もある程度把握していた。

 唯一彼の姿が見える愛は、食事中にちらちらとソファに視線が行ってしまう。寝そべった姿で試合を見る夜道は、ヒットが出るたび「おおー!」とやかましいのだ。


「……どうしたもんですかね? 正直」

「でも、商店街の草野球チームなんですよね? その試合って。だったら案外イーブンな気もしますけど」

「そうなのか?」

「大人って言ったって、運動にばっかり時間を割けないし、むしろ年取ってから身体が言う事聞かないって、お父さんも言ってたよ」

「そのウォークマンズだけど、平均年齢43歳だって」


 事務所の事務員である朱部が、パソコン画面をわざわざプロジェクターに映す。映し出されたのは、ウォークマンズのHPだ。作って放置しているのか、最終更新日は5年も前になっている。それに作った人もHPづくりに慣れていなかったのか、グラウンドの写真と文章だけの簡素なページである。


「ちょっと見えにくいですね。ボーグマン、電気消してください」


 安里の言葉に、ボーグマンから反応らしきSEが流れる。それと同時に、事務所の照明が消えてプロジェクターの画面がはっきりと映し出された。


「音声システム入れてみました、便利でしょ?」

「アレ●サか、こいつは」


 蓮が言った一言で、ボーグマンから「ブブー」という音が鳴る。どうやらア●クサではないという意志表示らしい。「そう言うこと言ってんじゃねえよ」と、ぶつくさと蓮は呟いた。


「それにしても、最終更新が5年前ですか……」

「新メンバーが入ったとしても、平均年齢はそんなに変わらないでしょうね」

「となると、ほとんどが中年、と言ったところですか。体力の落ち目でしょうね」

「……案外面白い試合になるかもしれないですね?」


 安里がそう言い、にやりと笑った。


「……なんだよ、お前ら。まさか来るつもりか?」

「そりゃ、まあ。どうせ暇ですし」

「勘弁してくれよ。なんで慣れないことすんのをわざわざ見せなきゃなんねんだよ」

「ちょっとー。巻き込んでおいてはそれはないでしょう」


 蓮はぼりぼりと頭を掻く。こういう時は、あんまり強い拒否ではないことは、事務所の面々は皆がわかっている。つまりは、「別に来ても怒らない」ということだ。


「愛さん、仕出し弁当お宅にお願いできます?」

「う、うちですか?」

「お弁当屋さんの本領発揮ですよ。美味しいごはん期待していますから」

「わ、わかりました」


 そう言い、愛はちらりと蓮の方を見やる。


「……何だよ」

「いや、何か、食べたいものとかある?」

「食いたいもん?」


 顎をさすりながら、少し考える。

 そしてポツリと出たのは、「豚キムチ」だった。


「……なんで?」

「いいだろ別に、好きなんだよ。卵とニラで和えてある奴な。あともやしも」


 なんとまあ、庶民的なオーダーである。いや、庶民なんだけど。


「蓮さん、もしかしなくても今食べたい奴ですよね、それ」


 時刻を見れば、もう夜の7時を回っている。そろそろ事務所の営業時間も終わるころだ。そして、世間一般ではこの時間帯を晩飯時という。


「……とりあえず、今日はもう店じまいですかね」

「今日も無事、依頼人はゼロね」


 朱部がホワイトボードに大きく「ゼロ」という数字を書く。これで通算、30日連続で依頼人が来ていないという記録が樹立された。蓮にビビって帰ってしまった女は、勿論依頼人としてカウントされていない。


「……普通なら経営破綻ものだよな、コレ」

「ほんと、立地はいいんですけどね。なんで来ないんだろ?」


 安里が首を傾げながら、困ったように笑った。

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