5-Ⅺ ~ウォーカーズのとっておき~

「つーわけでだ、なんか作戦ねえか?」

「……僕に丸投げなんですね、そこは」


 安里探偵事務所に八木を連れてきて、蓮は安里と向かい合っていた。安里はジトっとした目で、蓮をまじまじと見つめている。


 安里探偵事務所のメンバーも勢ぞろいで、いきなり八木を連れてきた蓮をちらちらと見やりながら、それぞれの仕事に励んでいた。愛は晩御飯の支度、朱部は事務仕事だ。


「話を整理しましょう。まず、試合は6回までなんですね」

「はい」

「それで、10点以上の差がついたらコールド、と。助っ人が出ることができるのは、1人1イニングのみ。これに間違いはないですね?」

「あってます」

「ふむ。……まあ、基本は最後まで温存した方がいいでしょうね」

「でも、その前にコールドになってしまったら……」

「そうなりそうだったら、急遽出てもらう。それくらいしかないと思いますけど」


 とはいえ、蓮も八木もまともにボールが投げられないのだ。となると、どうしても代打、つまり攻撃時のみに登場するのみだろう。


「助っ人は3人までなんですよね。あと1人、守備ができる人……」

「カスミさんとかどうだろう」


 彼女のバッティングは胴に入っていた。それに、野球の知識もある。恐らく素人ではないのだろう。それなら助っ人としては申し分ないはずだ。

 先程こちらに来るときに、カスミとは別れていた。なんでも「ママに呼ばれてる」らしい。それで、ラインだけでも一応交換したのだ。


「……菱潟の人なんですよね? その人」


 少し重めの声で、愛が蓮を睨みながら言う。先ほどラインのプロフィールをみんなで見てみたら、かなりド派手に胸元を強調したプロフ写真だった。そりゃ、ジト目にもなるだろう。


「いや、野球についてはマジで詳しそうだったしよ」

「ふーん……」


 愛がつん、と台所に戻ってしまい、蓮はがっくりとうなだれた。


「こういう子が好みだったとは、驚きですねえ」


 軽口を叩いた安里の顔面を壁にめり込ませる。八木は震えながらコーヒーを飲んでいた。


「ちょっと蓮さん、依頼人の前なんですから。ちょっと抑えてくださいよ」


 壁から頭を引っこ抜くと、安里はやれやれとコーヒーを淹れ直す。


「やっぱ葉金に頼むしかねえか?」

「いや、ダメですね」

「は? なんで」

「出張申請が出てるんですよ。福井県に行くそうで」

「福井?」


 なんでも鯖江さばえというところに行くらしい。どうしてそんなところに行くのかというと、「メガネを作るため」なんだそうだ。全く持って意味が分からない。


「鯖江と言えばメガネの聖地ですからね。メガネでも作るんじゃないですか?」

「メガネって、なんで用務員がメガネ作んなきゃなんねえんだよ……」


 そう言う蓮だったが、思い当たる節がないわけでもない。先日蓮が家の机を壊した時、葉金にその話をしたら「是非俺に新しいの作らせてほしい」と言ってきた。そしてできた机は職人顔負けの出来で、まるで業者に頼んだかのような出来栄えであった。納品の時、普段無表情な葉金は若干ドヤ顔になっていたのを、蓮は覚えている。


「……アイツ、職人呼びされてんの気に入ってんのかな」

「彼、凝り性ですからね」


 安里とそんな話をしていると、一人蚊帳の外の八木が蓮の耳元に近づく。


(な、なあ、この人なんでお前の学校の事情知ってるんだ?)

(あ? そりゃ綴編がこいつの学校だからだよ)


「はあ!?」


 八木が素っ頓狂な声を上げて、蓮と安里を交互に見やる。


「え、だって、ほぼ同い年くらいだろ!?」

「どうも、僕お金持ちなんです」


 安里が飄々と答えて、八木に落ち着くように促す。


「……ひとまず、三人目についてはいったん保留にしましょうか。それよりもあなたたちの事でしょう。あなた方は、結局何ができるんですか?」

「……俺はとりあえず、バットで当てりゃホームランにはできる。投げるのは無理だ、取れる奴いねえし、変な方向に飛んでくし」

「お、俺は一通り。ピッチャーは無理ですけど、他のポジションなら、少年野球でくらいならこなせます」

「ふむふむ。となると、お二人はがっつり攻撃ですね。ここぞというときの代打で起用するのがいいでしょう。基本守備には参加しない方向で」

「俺らが言うのなんだけど、大人相手に小学生で大丈夫なのか?」


 蓮の投げかけた疑問は、安里ではなく八木が首を横に振った。

「それについては、ちょっと策がある」

「策?」

「実は、ウォーカーズにはとっておきがいるんだ。今回の試合、彼を活かすことができれば、勝てる可能は高い」


 八木の目に鋭い光が宿っている。蓮と安里は顔を見合わせた。


**************


 ウォーカーズの練習しているグラウンドでは、ピッチング練習が行われていた。蓮からしたらよくわからないのだが、小学生にしてはそこそこ速いんじゃないかという速度のボールを、ピッチャーの少年が放っている。

 その球を投げ返すキャッチャーは、蓮も見覚えがあった。八木の弟の昇である。


「アレがとっておきか?」


 指さす蓮に、八木は首を横に振った。どうやら正規のピッチャーではないらしい。

 八木は、練習を椅子に座って眺める榎田の姿を認めると、駆けて行った。


「監督!」

「おお、雄二! ……本当に、助っ人してくれるのか。紅羽君は」

「はい、オーケーもらえました」


 そして八木に促された蓮と安里が、榎田の前に立つ。榎田は見知らぬ男の存在に、一瞬きょとんとする。


「……君は?」

「私は安里修一と申します。蓮のマネジメントをしていまして」


 安里がへこへこと頭を下げながら、榎田に名刺を渡す。榎田は名刺と安里の顔を二度見したが、納得は一応してもらえたようだ。


「……そうですか。あなたは助っ人には?」

「残念ながら。私は戦力にはなりませんので」


 とても薄っぺらい「残念」という言葉に、蓮は舌打ちする。


「それで、監督。試合当日の件ですけど、もうメンバーは決まってるんですか?」

「いや、助っ人を考慮してこれから決める予定だ」

「正ピッチャーは決まって?」

「ないぞ?」

「なら、俺からは庵田あんだを推薦します!」


 八木の言葉に、榎田は目を見開いた。事情を知らない蓮と安里は、榎田の表情に首を傾げる。何やら普通でないのかもしれない。


「あ、庵田か? いや、しかし……」

「彼だってこのチームの一員です。それに相手は大人だ、主力を温存して勝てる相手じゃないですよ!」

「だが……」

「ちょっと待ってもらっていいか」


 腕を組みうなる榎田に、我慢できなくなった蓮が詰め寄る。


「話についていけてねえんだよ。庵田って誰だ」

「あ、ああ。庵田は、ウチの6年で、その……」

「元正ピッチャーだったんだよ。去年までね」

「元?」

「うん。彼は5年生の時まで、ウォーカーズの不動のエースだったんだ」

「それが、何でピッチャーを下りているんです?」


 安里がグラウンドを見回すが、彼はグラウンドにいないらしい。榎田も八木も、首を横に振っている。


「ここにはいないよ。というか、グラウンドに練習にも来ていない」

「不良じゃん! ダメだろそんな奴」

「そうじゃないんだよ」


 榎田がうつむいたまま、言葉を繋ぐ。


「……ある事件が起きたんだ、彼の身にな」


 結局何のことかは、さっぱり分からなかった。

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