5-Ⅸ ~一回オモテすら終わんなかった~
オモテは四津門高校の攻撃だ。綴編のピッチャーは浅草。ボールを弄びながら、鋭い目つきでバッターを睨んでいる。
(……そういえば、八木の奴はどこだ?)
ベンチに座っている四津門の野球部メンツを見やるが、八木らしき人物はどこにもいない。
(こんな試合に出たくないから来てねえのかな)
そりゃ、不良の喧嘩による試合なんて部として参加はしたくないだろう。
なんてことをぼんやり考えていると、金属バットの甲高い音が響いた。グラウンドに意識を戻すと、ボールが鋭く一遊間を抜ける。
「おお、抜けた」
「ありゃー。今のはショートが下手っぴだねー。余裕で取れたよ、今のは」
隣でカスミが髪をいじりながら呟く。どうやら野球に興味が移ったようだ。密着しすぎだったので、今のうちにこっそり距離を取る。
「ていうかー、四津門ってぶっちゃけ弱小なんだよね。綴編なんてちゃんと野球やってるかどうかも危ういしー、これってド底辺同士の争いだよねー」
「そうなのか?」
「このあたりで一番強いのは第一高校なんだよね。マジ文武両道であり得ないんだけど」
まじか。翔の通っている高校、そんなすごいのか。
「……つーか、詳しいのな、この辺の野球事情」
「んー? 実はあたし、野球詳しかったりして?」
はぐらかすように、彼女はニカッと笑う。なんだかペースが乱される女だ。極力話はしない方がいいのだろうが、野球を急ピッチで覚える必要がある蓮にとっては降ってわいたような幸運である。
だが、試合内容は見て学ぶ以前の内容だった。浅草はそこそこに速い球を投げているらしい(カスミ談)だが、それが2番バッターのわき腹に突き刺さる。
「デッドボール!」
「なにやってんだてめー!」
「いいぞぶっ殺せー!」
もはやスポーツとは思えない野次と怒号が、開始6分で始まった。ここは葉金が一旦収めたものの、続く3番。バッターは高柳。
初球を捉えた、まではいい。
だが、その捉えた球が、浅草の顔面にぶち当たった。
「あー、ピッチャーライナー!」
カスミが叫ぶが、周囲はそんな雰囲気ではない。浅草はぶっ倒れるも、すぐに起き上がる。アイツのタフさは綴編でも随一だ。
そして、その顔は憤怒の鬼の如し。鼻血を垂らして、顔が真っ赤に燃えている。
葉金が、首を横に振った。もう止めることはできない、という無言の蓮への合図だ。
「―――――――――何すんだコラアアアアアアアアア!!」
浅草を含む守備のメンツが一斉に駆けだすと、高柳も「上等だコラアアア!!」とバットを構える。
そして両陣営がぶつかり合い、激しい乱闘が始まった。バットで頭を殴打する者、バットを奪って殴り返す者、拳で殴りあう者、もうグラウンドはめちゃくちゃだ。
観戦していた連中も、気づけば面白がって乱闘に混ざっていた。どこから持ってきたのか鉄パイプやら角材やら、思い思いの武器を放り投げて戦いを増長させる輩もいる。というか、最初からこれ目当てで来ていたのだろう。
「……だーめだこりゃ」
グラウンドはあっという間に血に染まり始めた。遊び半分で来ていたギャルたちも、あまりにも凄惨な光景に血の気が引いてひきつっている。それでもこの場を離れないのは、彼氏なり友人なりといった知り合いが参加しているから、帰ろうにも帰れないのだろうか。
いずれにせよ、蓮の知ったことではない。
「……あーあ」
「どこ行くの?」
「あ?」
立ち去ろうとした蓮を、カスミが呼び止める。
「どこって……今日はバイトもねえし、帰って寝る」
「野球、知りたいんでしょ? よかったら付き合ってよ」
「付き合う?」
蓮が訝しげな表情をするのとは裏腹に、カスミはにこりと笑った。
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