5-Ⅷ ~練習試合~

「野球の試合でしたら、近々ありますよ」

「え、マジか!?」


 綴編高校にて、蓮は野球のルールブックを見ながら葉金と話していた。


「何で知ってんだよ!」

「そりゃあ、私が準備しているので」

「あ、準備?」


 話の見えない蓮に、葉金は付け加える。


「綴編野球部と四津門野球部の試合が、土曜日にここであります」


 蓮の持っていたルールブックが、ぽとりと落ちた。


「……野球部あんの!? うち!」


 この学校の番長となり1年以上たつが、初耳であった。


「そもそも、先日襲ってきた四津門の不良がいたでしょう」

「ああ、あのビチ校の女に入れあげてるっていう可哀想な奴」

「あれ、四津門の野球部のエースです」

「マジかよ! 何しに来てんだそいつ!」

「野球部だけあって、バット振り回すのは様になってましたね」

「そもそも野球部が人にバット振り回すなよ……」


「それで、野球勝負をすることになったようで。浅草の奴がグラウンド使いたいって頼みに来ましたよ」


「あ、そう……」

「せっかくなら、見学されては?」

「まともな野球になるならな……」


 絶対碌なことにはならない。蓮には確かな確信があった。


 そして、土曜日。


「アニキぃ! 来てくれたんすか!」

「おう。色々あって、気になってな」


 どこで用意したのか、それらしいユニフォームを纏った浅草が、ピシッと頭を下げてくる。グラウンドにいるのは綴編の不良どもがざっと30人。その中で、ユニフォームを着ているのは半分くらいか。なので半分は蓮と同様ギャラリーだろう。


「見てて下さい、四津門の連中なんかぶっ殺してやりますよ!」

「殺すな、殺すな」


 ちらりと周りを見回すと、結構話題になっていたらしい。他の学校の不良やら、ギャルやらもちらほら見受けられる。やたら派手な格好をしているのは、ビチ校の女子だろう。


「……例の彼女は来てねーの?」

「……あいつは……高柳のところに……!」


 高柳? と蓮は首を傾げたが、他の綴編のチームメイトが「四津門の奴です」と補足してくれる。つまりは、こいつは捨てられたのか。


「まあ、俺にはこれがありますから、別にいいっすけどね!」


 浅草が得意げにスマホの画面を見せてくる。そこには、例の彼女であろう女が映っていた。手を縛られて、顔面には殴られた跡が多数あり、ビリビリに引き裂かれた服と使用済であろう大量のコンドームが散らばっている。剥かれているであろう下半身は映っていないが、ひどいことになっているのは明らかだ。一部変形しているので詳しくは見受けられないが、表情は恐怖にひきつっていることだけは分かった。


「聞いてくださいよ! コイツ、高柳の他にも男作ってたんすよ! ひどくないっすか!?」

「あー、まあ、ひどいわな」


 蓮は浅草の手からスマホをかっさらうと、粉々に踏みつぶした。


「あああああああああああああああ! 俺のズ〇ネタがあああああああああ!」

「ビッチは自業自得だとは思うけどよ、脅すネタとか持ってんじゃないよ。訴えられたらお前が不利になるんだからな」


 コイツに脅迫するなんて脳がないことは百も承知である。まあ、相当頭に来たんだろうな。

 蓮は別に正義の味方でも何でもないので、彼女への同情は一切なかった。とはいえ、やっちまったことはやっちまったことで、訴えられたら絶対に勝てないだろうけど。


「……つーか、だったら試合する意味なんてないんじゃねえの?」

「それとこれとは話が別っす。あそこまでいったらもう、はっきり白黒つけねえと」

「あっそう……まあ、怪我すんなよ、お互いにな」

「うっす! ぶっ殺してやります!」


 決して守られることないであろう約束をして、蓮はグラウンド脇の芝生に腰かけた。それだけで、周囲がにわかにざわつく。


「おい、あれ……」

「間違いねえ、綴編の番長の紅羽だ……」

「なんでも、熊を素手で倒すらしいぞ……」


 熊と戦ったことなんてねえよ。熊っぽい怪人ならぶっ飛ばしたことあるけど。

 尾ひれがついている噂話に、蓮は溜息をついた。


「あ、あのー」

「ん?」

「隣ぃ、いいですかぁ?」


 声がしたので見やると、派手な女子高生が一人。金髪巨乳の褐色肌で、胸の谷間と太ももを強調させた制服の着こなし。そしてきつい香水の匂い。間違いなくビチ校の女子だ。


 彼女は蓮が答える間もなく、隣に座る。パーソナルスペースなんてお構いなしに、腕に胸を押し当てる形で座ってきた。


「あたしぃ、カスミって言いますぅ。あなた、紅羽君でしょ? 綴編の番長の」

「……だったらなんだよ」

「よかったらぁ。あたしとライン交換してくれない?」


 彼女が取り出したのは、やたらとごついスマホだ。大量のアクセサリーに、やたらとデカい何かかわいいキャラクターの形をしているであろうスマホケース。見るだけで「おえっ」となりそうなのを、蓮はすんでのところで我慢する。


(……やっぱ帰ろっかな、俺)


 始まる前からモチベーションが最低を下回り続ける蓮の耳に、「来たぞー!」

という声が飛び込んでくる。


 その一団は、前に綴編に来た時よりも殺気立っていた。


「おー、やる気満々だねえ、彼女の敵討ちかな?」

「あ?」


 隣でつぶやいたカスミの言葉に、蓮は引っかかった。


「お前、知ってんのか? 今回の騒動の原因」

「知ってるも何も、イオリンはオナクラ同じクラスだしー」

「イオリン?」

「そ。清水伊織だからイオリン。言っとくけど、イオリン、オナクラでもゲロヤバに嫌われてたからねー」

「嫌われてた?」

「彼ピ自慢がもうドイヒーでさ? 彼ピを数で自慢してくんの。浅草も高柳も、イオリンにとっちゃ彼ピ自慢の種の一つでしかなかったってわけ。そらー復讐レ〇プもされるよねー」


 けらけらと笑っているが、実際されたことについては一切笑えない気がするのは俺だけだろうか。蓮はそう思ったが、きっと愛とかに話したら顔面蒼白になるだろう。それが普通の反応なんだと、この空気に呑まれないように蓮は努めた。


 グラウンドでは、両者は整列していた……というか、ガンを飛ばしあっていた。互いにバチバチ殺気を放って、今にも一触即発な雰囲気である。


「おいおい、大丈夫かよ。今にも乱闘しそうじゃん」

「ホントねー、どーせやるなら乱闘じゃなくてー……」


 それ以上は敢えて聞かないことにした。この女、いちいち発言が危険すぎる。


 とはいえ、一触即発はギリギリで免れた。これは野球の審判を務める葉金の功績だろう。彼がにらみを利かせてくれたおかげで、開幕大乱闘は起こらずに済んでいる。


「……プレイボール!」


 葉金の声とともに、一斉に「やれー!」「ぶっ殺せー!」というヤジが周囲から上がる。野球観戦のマナーとしては最悪だろう。


「……本当に大丈夫だろうな、これ」

「ん-、無理じゃない?」


 手鏡でメイクをチェックしながら、カスミは適当に答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る