5-Ⅶ ~回転寿司、皆さんは何皿くらい食べますか?~

 内藤麻子は、目の前に積まれている皿の数に絶望していた。部下の女怪人たちに奢る時でも、ここまではいかない。しかも、食べているのはたった一人である。


 不幸中の幸いなのは、そのいずれも安い皿ばかりという事か。これは彼があまり高級なネタに関心がないからだろう。事実、彼は先ほどからずっと鉄火巻ととびっこ(トビウオの卵)をエンドレスに食べ続けている。一皿当たりの値段は一番安い110円だ。もっとも、それが山のように積まれてはいるが。


(……軽はずみに、「お詫びに奢る」なんて言わなきゃよかったなあ……)


 先日松を紹介した件で、蓮には多大な迷惑をかけてしまったと思っていた彼女は、食事をおごると蓮に提案した。何が食べたいかと聞くと、「じゃあ、寿司」と言われたので、近くの回転寿司に蓮を連れてきたのだ。


「経費で落ちるかなこれ……」

「何言ってんだ? さっきから」

「……こっちの話だよ」


 がっくりとうなだれながら、麻子は自分のマグロを口に運ぶ。そして、お茶を飲んで腹をこなし始める蓮の姿を見やった。


(……この蓮ちゃんが、ねえ)


 安里修一ことアザト・クローツェの下で働いている。そして、自分すら圧倒せしめたあの強さ。


 間違いなく、戦力としては最強格に等しい。自分より間違いなく強いであろう怪人、カーネルにも匹敵……いや、凌駕していると言っても過言ではない。


(……この子の子種を手に入れることができれば……)


 アマゾネス怪人の組織、『ゾル・アマゾネス』の怪人発生方法は基本的に妊娠だ。アマゾネス怪人は強靭な肉体と優勢遺伝子を持っており、たとえ異種族と交わったとしても、必ずと言っていいほど生まれるのはアマゾネスである。


 そして、交わる雄が強ければ強いほど、生まれるアマゾネス怪人も強くなるのだ。


彼女たちは出産してから3日ほどで実戦登用が可能になるし、産んだ母胎も3日あれば完全に回復することができる。なので、全盛期は大量の男たちをさらうなりして大量に増やしたものである。


 だが、その選択は誤りだった。結論を言ってしまえば、増えすぎたのだ。

 3日で実戦登用可能という事は、赤ん坊の数十倍の速度でエンゲル係数も跳ね上がる。アマゾネス怪人が増えすぎて、組織運営が火の車となってしまった。現在はアザト・クローツェより資金援助を受けて何とか維持してはいるものの、現在は団員を増やすにも綿密な計画と雄の厳選を徹底せざるを得ない状況だ。


 なので、今度は後進が育たない。経営者としての運用の難しさに、麻子は直面していた。


 そんな彼女にとって、最強格の雄の遺伝子は理想に近い。蓮の遺伝子から生まれる子供は、文字通り世界征服も可能だろう。


(……まあ、先輩の息子だしなあ……)


 なんで、よりにもよって先輩の息子なのか。麻子にとって、最大のネックはそこだった。


「……何だよ、さっきからじろじろ見てさ」

「え?」


 視線に気づいたのか、蓮が麻子を訝し気に見ている。考え事をしていた彼女は、蓮の視線に気づかずにいたのだ。


「あ、ああ。……そう言えば、例の野球はさ。なんかあの後あったの?」

「おお、それなんだけどさ。なんか、試合やるらしいんだよな」

「へ、へー……。試合ねえ」

「それで、俺ガキどもの助っ人で試合に出ることになったんだよな」

「……はあ!?」


 麻子は思わず声を荒げた。


「わかってるよ。ガラでもねえし、小学生に混じって野球やるとかおかしいと思うよ、俺だって」

「ていうか、そもそも蓮ちゃん、野球なんてできるの!?」

「それなんだよなー」


 蓮が両手を組んで天井を見上げた。どうやら、寿司はこれでひとまずストップらしい。麻子はそれにひとまずほっとする。


「野球なんてこれっぽっちも興味なかったからさあ」

「そもそも蓮ちゃんに興味あったスポーツなんてあったっけ?」

「ない」


 即答である。それでなんであんなバケモノじみた運動神経なのやら。


「でもさ、昔から筋トレとかしてたじゃん。あれは何だったの?」

「……なんとなく、鍛えたかったんだよ。悪いかよ」

「別に悪かないけど……」


 子供の頃、蓮に誕生日プレゼントを何がいいか聞いたら、「ダンベル!」と言ってきたのは、今でも覚えている。あの時は確か6歳くらいだったか。


「……野球の助っ人なのに、野球できないんじゃ、致命的じゃないの? あれ、チームプレイだよ?」

「いや、でも、ほら。バットに当ててボールぶっ飛ばしゃいいんだろ?」

「攻撃だけじゃないんだから。野球って。守備とかわかる?」

「守備?」


 ダメだこりゃ。どうやらバッティングセンターの延長戦くらいにしか認識していないらしい。


「……やるならやるで、ちゃんとルールくらい把握しときなよ」

「えー、めんどくせえ」

「めんどくさくたってやるの!」


 麻子のぴしゃりとした声に、蓮も「うぐ」とうなるしかない。爪楊枝で歯に挟まったマグロを取ると、「ごっそさん」と手を合わせた。


「……はあ。しゃーねえ。ルール覚えるかあ」

「なんなら、試合でも見に行ってみたら?」

「何か探してみるわ」


 そうして、2人は回転寿司を出た。かかった費用は2人で7千円。茫然としている麻子の表情に、蓮は「……なんだよ、これだって抑えてんだぞ」とつぶやく。一体紅羽家の食費事情はどうなっているんだ。やりくりしている母に、麻子は恐怖すら覚えていた。


「んじゃ、俺帰るわ」

「ああ、お休み」


回転寿司の前で蓮を見送った後、麻子はスマホを取りだした。


『もしもし』

「ああ、私ですけど」

『ああ、内藤さん。いったいどうされたんですか?』

「……少々、マズいことになりまして。これからお時間よろしいですか?」

『では、今から家に来てください』

「わかりました」


 そう言い、麻子は通話を切る。

 電話が切れて画面がブラックアウトする瞬間の画面には、通話先の名前が表示されていた。


 その名前は、「服屋さん」だ。

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