5-Ⅵ ~緊急助っ人、紅羽蓮~
再び蓮に会いたいという八木に、蓮は嫌々ながら顔を出すことにした。また用心棒してくれという事なら、これっきりにするつもりだった。
だが。
「――――野球試合だあ?」
再び蓮の下へと駆けこんできた八木が言い放ったのは、意外な展開だった。
なんとウォーカーズとウォークマンズで野球の試合を行い、勝利した方がグラウンドを週に多く使えるようにする、というのだ。
「俺も驚いたよ。まさかそんな提案してくるなんて……」
ファミレスでそう言う八木は、ドリンクバーのオレンジジュースを飲み干す。蓮は唖然とするものの、頼んだフライドポテトをつまんだ。
「チームには練習試合ってことにするらしい。あくまでも子供たちにはグラウンドの使用権でもめていることは言わない方針で」
「ふーん……。つーか、それでも相手は大人だろ。ガキども相手じゃきつすぎるだろうに」
「ああ。……それで、紅羽にはその件で来たんだ」
「……その件?」
「ウォーカーズに、助っ人として入ってほしいんだよ!」
つまんでいたフライドポテトが、ポロリと口から落ちた。
「……なんて?」
「野球チームに入ってほしい!」
「……小学生チームだろ!?」
「待ってくれ、これには続きがあるんだ! 相手が相手だから、こっちには3人まで助っ人を用意していいってことになったんだよ」
「助っ人?」
「一人はもちろん俺。で、紅羽にもお願いしたくて」
「いや、けどよ……」
「頼む! この通り!!」
手を合わせて頼み込む八木に、蓮は唸ってしまう。確かに暴力沙汰じゃないし、そういう事なら別に手を貸すのはやぶさかではないが。
「……おい、言っとくけどよ」
「?」
顔を上げた八木に、蓮は頬を掻きながら伝える。
「……俺、野球の詳しいルール知らねえんだけど」
「……え?」
ファミレスの席が、一瞬沈黙に包まれた。
「……いや、だから。野球なんてできねえぞ、俺」
「ええええええええええーーーーーーーっ!」
八木が驚きの余り大声を上げた。今日び野球のルールを知らない男がいるなど、八木にとっては考えられないことだったのである。彼の場合はあまりにも極端だが。
「うるせえなあ、悪いかよ野球のルールなんざ知らなくたって生きていけるんだからよ」
「いや、しかし、その……マジ?」
「つーわけでだ、期待してもらって悪いけど……」
「……いや! まだ間に合う!」
「は?」
「ルール覚えてくれ! 頼む!」
しまいには、テーブルに頭を叩きつけるように頭を下げ始める。騒がしい席の様子に、他の席からの視線が突き刺さった。他の客から見える光景は、さながら怖い不良に必死に頭を下げる普通の学生だ。つまりは、蓮がシメているようにしか見えない。
「あ、おい! やめろよみんな見てるだろ!」
「お願いだ! お願い! お願いします! お願いしますから!」
「どんどんへりくだるのやめろ!」
周りがどんどんと騒がしくなる。蓮の地獄耳に「警察呼んだ方がいいかな?」なんて声が聞こえたところで、とうとう彼は折れた。
「あーもう、わかったよ! わかったから! とっとと頭上げろぶっ飛ばすぞ!」
「本当か! ありがとう!」
ぱっと頭を上げた八木の勢いに押され、蓮は席へと落ちるように座る。
「じゃあ、ルールブック今度持ってくるから! 試合は2週間後な! よろしく!」
あわただしくそう言って、八木は小銭を置いてファミレスから去っていった。
嵐のような八木の行動に、蓮はしばらく呆気に取られていた。
**************
「それで、野球の助っ人に?」
「おう。まあ、高校生二人いりゃ何とかなんだろ」
安里探偵事務所の雰囲気は、先日の重い空気はようやく入れ替わったようで、穏や
かとなっていた。
原因となっていた男は現在、グローブと野球ボールを手で弄んでいる。事務所に来
る前に、近くのスポーツショップで買ってきたのだ。なぜか2人分。
「……あの、なんで2人分なんです?」
「何でってお前、キャッチボールは一人じゃできねえだろ」
そう言い、蓮はグローブを安里に向かって放り投げる。
「付き合え。どうせ暇だろ?」
「いやいやいやいや、死んじゃいますよ。僕なんてうんちなんですから」
うんちとは「運動音痴」の略である。
「いいんだよ。俺が投げるの取ってくれりゃいいだけなんだから」
「取り損ねたら風穴空く奴じゃないですかー」
「だったらなおさらお前しかいねえだろうがよ」
グダグダという安里の襟首をひっつかむと、蓮はずるずると事務所から出て行く。
紅羽蓮の初球は、見事の安里の顔面を捉えた。
それから30分後、事務所に戻ってきたのは、いまいち間のつかめない蓮と身体のあちこちが空洞になっている安里の姿だった。
「……蓮さん、これ、野球は向いてないですねえ」
蓮の剛速球を文字通り身体で受けた(受け止めたとは言ってない)安里は、風穴があいて伺えない表情のまま笑っている。どっから声を出しているんだ、とかは事務所の誰も一切気にしていない。
コイツが顔が吹き飛んだくらいで口が減らないことは周知の事実なのだ。
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