5-Ⅲ ~紅羽家へとやって来た者~

 バイトが終わり、家への帰路は基本的に、蓮と愛は一緒だ。家が近いこともあり、何より女の子を家に送る、というのは彼女が事務所に入ってからずっと続いている。


「……来る前に、なんかあったの?」

「……何でもねえよ」

「なんでもないわけないでしょ? そんなに機嫌悪くしちゃって」 

 愛と蓮の付き合いもそろそろ長くなる。そうなると、蓮の普段の仏頂面にも僅かな差異があることがわかってくるものだ。

 蓮もそれがわかっているから、愛の追及について観念することができる。


「……実はよ、今日、学校に中学の同級生が来てな」

「うん」

「そいつが頼み事あるから、何かと思ったらよ。……ガキンチョの野球チームのために、用心棒やってくれって話でな」


 事情が事情なだけに、愛は困った表情を浮かべた。


 蓮にとって、久しぶりに級友に会ったことは悪いことではない。だが、彼の提案は、蓮の「強さ」しか見ていなかった。そうとしか見られないという事が、蓮にはどことなく切なく、腹立たしかったのだ。


 そして蓮のモットーは、「基本的には普通の高校生」だ。そんな大人の汚い裏側に首を突っ込むなど、安里がらみ以外ではまっぴらごめんである。


「……まあ、大人げなかったとは思うけどよ」

「うーん……それだったら、仕方ないとは思うけど。別にケンカしてくれってわけじゃないんでしょ?」

「そうだけどさ……」

「だったら、名前を貸すくらいいいじゃない。減るもんじゃないんだし。それに、商店街の人たちだってそんな、乱暴するつもりはないと思うけど」

「……どうだろうなあ」


 蓮はそこまで商店街の面々というものを知らないので、何とも言えないのが現状だ。そもそも買い物なんて商店街でしない。ほとんど、事務所の近辺にあるコンビニで済ませている。商店街にあるのは畳やら和服やら金物屋らが多く、蓮たち若者が頻繁に使うような店はほとんどない。 


「知らねえんだよなあ、商店街の人」

「そう言えば、私もそうだなあ。お父さんが食材の仕入れ、お願いしているみたいだけど」

「ふーん……」

「とりあえず、もう一度会って話だけでもちゃんと聞いたら? 折角学校まで来てくれたんだし」


 愛にそこまで言われて、蓮も邪険にするわけにはいかない。ぼりぼりと頭を掻きながら「わかったよ、聞くだけな」とだけ言ったところで、愛の家である弁当屋へとたどり着いた。


「じゃ、どうなったか聞かせてね」


 そう言い、愛は家の中へと入っていってしまう。蓮はその背中を見送って、ため息を吐いた。


「あーあ、何でアイツには強く言えないのかね」


 同僚である朱部やビチ校の女どもには、こんな感じではないのだが。調子がくるっている、という事を自覚しつつ、蓮も帰路をたどる。


 自宅につくと、見慣れた軽自動車が止まっていた。母みどりの後輩、内藤麻子の車だ。また母になんか頼まれたんだろうか。


 そう思って家のドアを開けると、見知った麻子の靴と、もう一つ靴があった。それは随分と年季の入った、男ものの革靴だ。

 なんだか嫌な予感がする。蓮は息を呑んで、リビングへのドアを開けた。


「あ、蓮ちゃん、お帰り」

「おお。……君が、紅羽君か」


 いつも家族が囲う食卓に、見知らぬ小太りの爺さんがいる。蓮は怪訝な表情を隠せなかった。


「おお、蓮ちゃん。アンタにお客さんだよ」


 夕飯の手伝いをしていた麻子が、台所から顔を出して言う。


「俺に?」

「ああ、私は松という者だよ。商店街の組合長をやっているんだ」

「……商店街。……松」

「君の事を、麻子さんから聞いてね。実は折り入って話があるんだが……」


 蓮は手で顔を覆った。そして、そのまま首を横に振る。


 このロクデナシどもが。叩きだしてやりたかったが、母たちのいる前でさすがにそれはできなかった。

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