5-Ⅱ ~少年野球チーム、ウォーカーズ!!~

 時を同じくして、蓮たちは町はずれの小さなグラウンドに来ていた。そこでは、小学生であろう野球少年たちが声を出しながらキャッチボールやノックに勤しんでいる。

彼らの着ている紺色キャップのユニフォームには蓮にも見覚えがあった。このあたりの小学生が中心となっているリトル野球チーム、『徒歩とあるウォーカーズ』だ。小学校時代、しきりに入団者募集のチラシが学校で配られていた記憶がある。


「……まだあったんだな」

「そりゃ、あるさ。俺たちが生まれる前からあったんだ」


 なんでもこのチームは今年で創立30年だという。なぜわかるかと言ったら、グラウンドの金網に「30周年ありがとう!」という看板がでかでかと貼り付けられているからだ。


 そして、蓮たちの用事は隠すまでもなく、この球団である。グラウンドを下りると、こちらに気づいたキャプテンらしき小学生が「集合!!」とでかでかと叫んだ。そして、まるで軍隊アリのようにダッシュでこちらまで近づいてくる。


「「「「「こんちわーっ!」」」」」


 全員が帽子を取って、一斉に頭を下げた。八木は特に何も感じないようだが、蓮は圧倒されて、思わず視線をそらしてしまう。


(……こういうノリがあるから運動部ってのはよぉ)


 今まで運動系の部活に入らなかったのは、これが一番の理由だ。この体育会系独特のノリというか、連帯感というか、そう言うのがどうにも蓮には合わなかったのである。そのくせ、みんなしきりにスカウトに来るから質が悪い。そう言う意味で、蓮は中学校が嫌いだった。


「今日は俺の友達が見学に来ている。紅羽蓮くんだ」

「……どうも」

「「「「「おなしゃーーーーーーーーっす!!!!」」」」」


 一声かけただけでコレだ。全く嫌になる。


「監督は?」

「まだ来てません!」

「そっか。じゃあ、自主練続けてくれ」

「「「「「はい!!!」」」」」


 返事とともに、今度は蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。


「こうしてみると、気持ち悪いなあ」

「そんなこと言うなよ。今の時期はピリピリしてるんだ。大会近いから」


 とりあえずベンチに腰かけて、監督が来るのを待つ。5分もしないうちに、近くで車が止まった。そして、小太りの小柄な男が車から出てくる。子供たちと同じユニフォームを着ていることから、彼が監督であろうことはすぐにわかった。


「監督!」

「おお、雄二。……彼が?」

「はい。友人の紅羽です」


 友人、かと言われるとちょっと怪しいが。まあ、否定するほどの事でもないので、蓮も軽く頭を下げた。


「……じゃあ、ちょっとこちらへ。子供の前では、何分話しづらいことなので」


 監督はそう言うと、蓮を手で車の方へと促した。

 やっぱりそう言う話かよ。薄々感じてはいたが、蓮は確信した。そもそも蓮に協力できることなんて言ったら、たいていが暴力沙汰である。何しろ表向きは不良のてっぺん、裏では悪魔やら怪人やら怪獣やらと戦っているのだから。


 練習中の小学生に気づかれないように、車に乗ったところでグラウンドを少し離れた。近くの路肩に停止したところで、監督は後部座席に座る蓮の方を見やる。


「雄二から聞いたんだけど……すっごく、ケンカに強いそうだね」

「まあ、はい」


 監督の表情はいささか沈痛である。どんな事情かは知らないが、深刻なのは間違いないらしい。


「……で、何すか? 借金の踏み倒しとかなら勘弁なんだけど」

「いやいや、そう言うんじゃないんだ。ただ、後ろ盾になってほしくてね」

「後ろ盾ぇ?」

「うちのチームの……用心棒になってほしいんだよ」


 監督と、助手席に座る雄二が真剣な表情で蓮を見つめてくる。

 当の蓮は、一体どういうことかわからずに赤い目を白黒させるばかりだった。


**************


 ことのきっかけは、今から1週間ほど前。日々近づく大会に向けて、ウォーカーズのメンバーが一生懸命練習していた時に起こった。


 監督の榎田健司えのきだけんじのもとに、2人の大人がやって来た。その姿に、榎田は目を丸くした。

 一人は商店街の草野球チーム、『徒歩とあるウォークマンズ』のキャプテンを務める、靴屋の菅原すがわらと言う男。30代ながら商店街の組合を引っ張る若手のリーダーも務めている。

 そしてもう一人は、70に差し掛かるであろう老人だ。榎田が驚いたのは、彼が原因である。

 男の名前は松武夫まつたけお。商店街の組合長で、老舗の呉服屋の2代目である。もっとも、店自体は3代目に任せて、今は商店街の運営を中心としているそうだが。

 松は野球嫌いだと、商店街でも有名のはずだ。それがどうしてここにいるのか。榎田は思わず身構えた。


「……何の用です、組合長」

「ちょっといいか。子供の前で話すようなことじゃない」


 そう言われ、近くの、それこそ現在蓮たちがいる路肩に止まり、本題に入ったのだ。


 そして、その内容に、榎田は耳を疑った。


「……グラウンドをウォークマンズに使わせろ!?」

「週に2、3回でいい。何とか、都合をつけてもらえんか」

「なんで急にそんなこと……! 大体、ウォークマンズだったらいつも使っているグラウンドがあるだろう!?」

「……そこが使えなくなるんだよ。近々、大手スーパーが入ることは知ってるだろ」

「スーパー? ……まさか……!」

「そこの駐車場候補として、ウォークマンズのグラウンドが上がってな。あそこは商店街の土地だから、ワシのところに話が来たんだ」

「いや、しかし……!」


 榎田は到底納得できない。大会だって近いのだ。練習時間は確保できるだけするに越したことはない。


 それを大人の事情でグラウンドを使わせろ、とはひどい話だ。


「……別のところにはできないのか……?」

「アンタがそのあたりはよくわかってるだろ。このあたりにグラウンドに使えそうな土地なんてもうないよ。それこそ、車で1時間もかけなきゃね」


「グラウンドの売買を取りやめにするのは……?」

「そうしたいのはやまやまだけどね。商店街も最近は売り上げが伸びなくて苦しいんだ。そんなときに土地の話しだろ? ……ほら、コレ」


 菅原が見せてきたのは、スーパーが提示してきた土地の買取額だ。その桁数に、榎田は目を疑った。


「こ、こんなに……」

「スーパー側も元が取れると踏んでいるんだろう。かなりこちらにとっていい条件で提示してくれたよ」

「……の、呑む気なのか? あんたらは」

「これだけの金が入れば、商店街も活気づけることができる。これは、組合でも合意の上での結論だよ。もう覆らん」


 ああ、と松が一言付け加える。


「誰かさんは会合に出もせんから、知らんかったみたいだがな」


 その一言は、榎田の頭の血管が切れるには十分すぎる一言だった。


「貴様!!」

 榎田は松の襟元を掴もうとするが、菅原に遮られる。


「榎田さん、ここは商店街に協力してもらえませんか? いままでそう言うのを全部ほったらかしにしてきたんですから」


 草野球とはいえ現役のスポーツマンである菅原の力は強く、70の榎田の年老いた腕力では、とても及ばない。松に届かない腕を振るわせながら、ただ彼を睨むことしか、榎田はできなかった。


**************


「……それを、俺が監督から聞いたんだ。俺、このチームの特別コーチやってるから」


 榎田の車の助手席に座る八木が、榎田の話しに付け加える。


「……それで? ガキどものグラウンドを守るために、俺をちらつかせて諦めさせようってか?」


 蓮の表情は窺えなかった。うつむいているからだ。だが、オーラではっきりとわかる。彼は今、間違いなく不機嫌であった。 


「……大会が終わるまででいい。あの子たちの目標は、全国出場なんだ。選手も揃っている! だから、頼む! あいつらが口を出せないように、見張っていてほしいんだよ! 君がいれば、商店街の奴らも強くは言えないだろうし……」


 そこまでが限界だった。蓮は車のドアを開け放つと、舌打ちして外に出る。


「あ、紅羽!!」


 八木が呼びかけるが、蓮は振り返らない。


「……これなら、バカに絡まれる方がまだマシだぜ」


 そう吐き捨てて、蓮はグラウンドから去っていった。

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