5-Ⅰ ~級友からの頼み~

「びっくりしたなあ。飛び降り自殺でもしたのかと思った」

「悪いな。こちとらすっかりアレで慣れててよ」


 二人は近所のファストフード店に入っていた。八木雄二は中学校1年の時のクラスメイトで、そんなに親しいかと言われれば実際そんなことはない。だが、クラスの行事などで一緒に作業したりしたので、顔を合わせれば挨拶して話すくらいの間柄ではあったのだ。

 もっともそれも1年の知り合いを増やそうという時期の話しで、進級してクラスが変わってからは話す機会も少なくなってしまったが。


「それにしても、久しぶりだなあ。卒業して、綴編に行ったっていうの、ホントだったんだな?」

「…………まあ、色々あってよ」


 蓮の通っていた中学―――現在進行形で妹の亞里亞が通っている第三中学校は、地元では中堅ちょっと上くらいの学力の中学校だ。ほとんどは公立の第一高校を第一希望として、そこに至れない者は私立高校に行くことになる。

 そして、蓮のいる綴編は、そんな私立の中でも選択肢に入らないほど人気のない学校だった。まあ、不良校である以上、それも当然と言えば当然なんだが。そこに進学したともなれば、噂になるのも妥当というレベルだ。


「――――――まあ、いわゆる特待生ってやつだよ。色々面倒見てやるから、代わりにうちの学校に入ってくれってな」

「色々?」

「学費の免除だろ、就職確約だろ。あと……バイト斡旋で金も稼げる」

「え、何それ、スゴっ!?」

 理事長たる安里修一に提示された条件を、蓮は指折り数えながら思い出していた。冷静に考えれば破格の条件だ。とにかく学費がかからないのが大きい。普通の私立高なら、何百万とかかる学費を、蓮は「一切支払わないでいい」とまで言われたのだ。その代わりかなり危険な仕事に強制参加させられてはいるが、「最強」である蓮にはその実感も薄い。


「紅羽、スポーツとかやってたっけ? 運動神経が良かった記憶はあるけどさ」

「……まあ、その、なんだ。色々あるんだよ、こっちも」


 詳しい事情を話すわけにも行かないので、蓮は頼んでいたドリンクを一息に飲み干す。ストローから吸い上げる力に、紙製のカップはなすすべもなくベコン、とへこんでしまう。

 そして、話題を八木の方へと切り替えた。


「ところで、お前だよお前。なんであんなとこにいやがった」

 

 褒められたものではないが、綴編高校なんぞ普通の高校生がまず来るところではない。それこそヤンキーどもか、力試しをしたい武術バカが時々来る程度だ。少なくとも八木が不良になったようには見えない。


「つーかお前、学校はどうしたんだよ。今日平日だぞ」

「うちの学校はテスト期間で今日休みなんだよ。まさか、不良グループが同じタイミングで来るとは思ってなかったけど……」

「不良? ……ってことは」

「うん、俺も四津門。あ、でも、ケンカしに来たわけじゃないからな?」

「だろうな」


 不良どもは制服をなぜか着ていたが、八木は私服だ。何でアイツらがわざわざ学ランを着てケンカに来たのかは理解に苦しむ。こんな暑い時期にわざわざ着る意味が分からない。休みの日なら猶更だ。というか、テスト期間にケンカしに来るなよ。勉強しろよ。


「で、何しに来たんだ?」

「紅羽が綴編にいるって聞いたから……。ちょっと、助けてほしいことがあるんだ」


 八木の表情が真剣になる。思わず蓮も、姿勢を正さざるを得なかった。


**************


「あれ、蓮さん今日はお休みですか?」


 安里探偵事務所にやって来た立花愛は、荷物を置きながら尋ねた。バイトのシフト表を見る限り、蓮は今日は一緒の時間に出てくるだったはずだが。


「ああ、なんか用事ができたそうで。少し遅れるそうですよ」


 安里探偵事務所の所長、安里修一がポテチをつまみながら答える。ほとんど探偵事務所の仕事がないので、勤務時間は大抵お茶菓子をつまむ時間となっていた。


「はあ」

「まあ、彼も厄介ごとに巻き込まれやすい体質ですからねえ」


 けらけらと笑いながら安里は言うが、そういうこの男こそが厄介ごとの最たるものであることを忘れてはいけない。

 愛は「はあ……」と愛想笑いをして、ブラウスを脱ぐとシャツの上からマイエプロンを着ける。台所に行くと、一人の少女が食器台に立っていた。


「あ、夢依ちゃん。こんにちは」

「こんにちは」


 安里修一の姪、安里夢依である。お気に入りのパーカーの身の丈以上の袖をまくり、食器用洗剤を含ませたスポンジを握っている。


「あら、お手伝い? 偉いね」

「叔父さんが「お金欲しければ働け」って」


 どうやら安里家はお小遣いが歩合制らしい。まだ安里家に来てそんなに日も経っていないが、叔父と姪の仲はそこそこ良好のようだ。

 

 夢依が作業しているとはいえ、食器はまだまだ大量にある。始めたのもついさっきなのだろう。

 自分が手伝っても彼女のお小遣いが減るだけだ。となると、食器洗いは彼女に任せた方がいいだろう。


「……よし」


 愛は事務所の端っこに置いてある、掃除機を取りに台所を出た。


(……それにしても)


 蓮さん、一体用事って何だろう。


 ちょっと気になりはした愛だったが、すぐに目の前の埃へと意識を向けてしまった。

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