第5話 【少年野球編】野球やっても、最強さん。
5-プロローグ ~綴編ではこれが日常茶飯事。~
けたたましい雄たけびに、眠っていた紅羽蓮は目を覚ます。一瞬猛獣の声にも思えたが、すぐに人間の声であることに気づいた。
何しろここは学校だ。蓮の通う高校である私立綴編高校。その屋上にあるプレハブ小屋で、蓮は自習中にうたたねしていたのである。
綴編高校は不良校で、毎日のように学生内での喧嘩が絶えない。学校のテッペンに君臨する蓮にとってはどうでもいいことだが、校内での強さというのは不良たちにとってはステータスになるのだ。将来にはほとんど役に立たないけど。
口から垂れる涎をぬぐいながら、蓮はプレハブ小屋の外に出て、グラウンドの様子を見やる。
「死ねオラァァァアァアァアア!」
よくもまあ、あんな元気なもんだ。ほとんどの綴編の不良勢力が集まってみんな揃って吠えている。いったい何をしてんだ、と思ったら答えはすぐにわかった。
綴編の校門に向かう集団がある。普通の人なら避けて通るのに、まっすぐ迷いなくこちらに向かってくる、緑の学生服の男たち。
「あれは、
屋上に清掃に来た用務員の多々良葉金が、蓮のもとへと歩み寄ってくる。二人並んで手すりから、グラウンドの様子を見下ろしていた。
「なんの騒ぎだよ?」
「女の取り合いです。
菱潟高校。近所にある高校なのだが、お嬢様校である桜華院女子とはえらい違いで、ギャルというか、ギャルを下回るおぞましい何か、が集まる女子高だ。厳密にいえば共学なのだが、入学する男子生徒がほとんど自主退学してしまい、実質女子高となってしまっているらしい。詳しくは蓮も知らないのだが。
おかげで菱潟高校を「菱潟高校」と呼ぶ学生はほとんどいない。ビッチしかいない高校、通称「ビチ高」というあだ名のほうが通俗的になっている。何しろこの名前をビチ高生本人が名乗っているのだから。
「ビチ高の女なんて地雷しかいねえだろ? 誰だよ、そんなの掘り返したバカ」
「3組の浅草です」
「あー、あいつ女っけないもんなあ……」
綴編男子は男子校。しかも不良校ということで、異性との出会いが極端に少ない。そういう連中が妥協に妥協を重ねた結果、ビチ高女子とくっつく、というケースは蓮も知るほどに散見されている。そしてくっつく女のたいていはろくでもない奴ばっかりだ。
「今回のもめごとになった菱潟の女子も、実際はパトロンの男性がいるようですね。40歳年上の」
「それ言えばこの喧嘩止まるんじゃねえの?」
「かもしれません。が、ここまで来てしまった以上、引き下がれないでしょう」
「そっかあ」
蓮は適当に言うと、勉強道具一式を鞄に詰めた。
「どちらへ?」
「帰る。うるさくて集中なんぞできやしねえだろ」
どうせ静かでも俺は寝るだろうが、とも思ったが、それはさすがに余計だろう。正面玄関は間もなく戦場になるので、裏口から外に出ることにした蓮は、階段を降りるのも面倒くさくなって、屋上から飛び降りた。
ただ落ちるだけなので、蓮にとってはすっかりいつものこととなっている「いつものこと」だ。
だが、端から見ればそれが「いつものこと」ではないことを、忘れてはいけない。普通は屋上から飛び降りて帰宅などしないのだ。
なので、いきなり屋上から降ってきた蓮と鉢合わせた四津門高校生は、面食らってひっくり返ってしまった。ちょうど鉄柵をよじ登ろうとしていたので、落っこちて頭をぶつけてしまう。
「いったあああああああああ!」
後頭部を抑えて座り込む少年を、蓮はぽかんとしながら見つめていた。鉄柵の内側の扉を開けると、一応その少年に歩み寄る。
「おい、大丈夫か?」
ぱっと顔を上げた少年と、蓮との視線があった。
「は、はい。大丈夫……あ」
その顔は、蓮の見知っている顔だ。
「紅羽!」
「……八木!?」
少年の名は、
蓮の中学の頃の同級生の一人である。
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