4-エピローグ ~沖縄旅行での教訓は~

 沖縄旅行から、数日が経った頃。


 紅羽蓮は、歩きなれた地元の町を歩いていた。沖縄のちょっと日本っぽくない町並みも悪くはないのだが、やはり見知った風景というのは良いものだ。近所の散歩も悪くない。


(……やめてたけど、朝の散歩再開しようかね)


 そう思うほど、今日の町の空気は澄んでいる。こういう雰囲気が、蓮は嫌いではなかった。


「いーーーーーーーーーーやーーーーーーーだーーーーーーーー!」


 ただし、喚き散らす妹の襟首をつかんで引きずる必要がなければ、という話だが。


「うるせえなあ、ジョンだってもうちょい静かに散歩するぞ」

「散歩じゃないじゃん! 私を殺しに来てるじゃん!」


 殺すとは人聞きの悪い。ただ、「歯が痛い」って言うから歯医者に連れて行くだけではないか。


「虫歯はほっといたって治らねえんだから。さっさと治療しちまった方がいいんだよ」

「ドリルで歯をほじくるんでしょ!? 死ぬよ! 死ぬって!」

「死ぬわけねえだろうがよ。たかがドリルじゃねえか」

「誰も彼もアンタと一緒だと思うなよ!?」


 沖縄土産のチンスコウと紅いもタルトを家で一番平らげたのは亞里亞だった。しかも、蓮が不在の間には、夜中にお菓子を食べたりしていたらしい(普段は蓮が夜中に見張りで起きているので取りに行けなかった)。歯を磨くのもサボっていたようで、数日もすれば「痛い痛い」と喚きだす始末だ。


 そのくせ歯医者に行くのは嫌だというのだから、母のゴーサインとともに蓮が文字通り引きずってでも連れて行くことになったのだ。


 そんなわけで、家から一番近い歯医者へとやって来た。受付を済ませて、亞里亞が逃げないように見張りながら順番を待つ。


「あれ、蓮さん?」

「あ……お前……」


 見やるとそこにいたのは愛だ。一人で、蓮の隣に座る。


「どうしたんだよ、お前も虫歯か?」

「いやあ、あれ見た後は歯磨こうと思うよ、流石に……」


 二人は先日虫歯に苦しみまくっていた巨大怪獣の事を思い出す。あの後からニライカナイが苦しんだ、という話は聞かない。


「私はただ、定期的に診てもらいに来てるんだよ」

「そ、そうか……」

「蓮さんは?」

「こいつの付き添い」

「ああ、あはは……」


 蓮は親指で、ガタガタと震える亞里亞を指す。愛は困ったように笑うしかなかった。


 ヤシ落としたちはお宝が粉々になったことで大変ショックを受けていたが、事情を滾々と説明することでわかってはもらえた。まあ、あの連中はチョロいので、安里の口先なら丸め込むことなど造作もない。


「そう言えば、夢依ちゃんは結局キジムナーさんを飼わないことに決めたんですって」

「あ? なんで。あんなに仲良かったのに」

「なんでも、事務所にいた時にキジムナーさんが夢依ちゃんお気に入りの食器を割っちゃったからだって」

「そんなんで嫌いになったのか!?」

「そうじゃなくて。単純に、ペットを飼うって大変だなって思ったみたいだよ?」

「ほおー……」


 まあ、わからなくもない。ジョンだって、昔はしょっちゅう、今でもたまに、家のものを壊すことがあるし。ペットを飼うなら、それくらいの覚悟は必要だ。


 そしてそうこうしていると、亞里亞の番が回ってきた。


「じゃあな」

「うん」


 亞里亞の襟首をつかんで、蓮たちは診察室に入る。


 亞里亞の虫歯は結構ひどいようで、すぐにドリルで削られることとなり、おまけに一週間後も来なくてはいけない、と絶望的な宣告が下された。


 そして、歯医者はなぜか蓮の歯も一緒に診ると言い出し、蓮も見られることに。


「……でも、俺虫歯とかねーし……」

「サービスだ、診せとけ。ほれ、口開けて」


 初老に差し掛かっている歯医者に言われては、蓮も口を開けるほかない。

 しばらくふんふんと見ていたが、やがて歯医者は「ふむ」と言って口から離れた。


「――――――お前さん、歯石が溜まっとるな。妹さんのついでだ、取ってやる」


 そんなわけで、蓮も歯医者に厄介になる羽目に。


 歯石を取りきってロビーに戻ってきた蓮の表情を見て、愛が怪訝そうな顔をした。


「……虫歯でもあったの?」

「ねえよ!」


 その日のご飯は、なんだか普段より歯に染みるような気がする。

 亞里亞は歯の痛みが取れたからか、ものすごい勢いで食べていた。


 歯はキレイにしよう。沖縄に行ってまで、蓮が一番学んだ教訓はそれだけだ。


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