4-ⅩⅩⅩⅥ ~さよなら、ピューリファイ~

 蓮がうっかりへし折ってしまった親知らずは、ボーグマン・ギガントが手を突っ込んで直接回収した。


 歯は家ほどの大きさであり、鈍い音を立てて地面に落ちる。


 蓮たちはジャンプして飛び出し、ボーグマン・ギガントが差し出した手の平に飛び乗った。


 そのまま腕をよじ登り、コクピットまで戻ってくる。


「あ、蓮さん! ……きゃあああああああああ!!」


 戻ってきた途端、愛が悲鳴を上げた。


「あ?」


 蓮たちは気づいていなかったが、彼らは返り血と歯肉の破片がこびりついて真っ赤に汚れていた。


「どうやら、彼の病の元を切り離すことができたようだな」

「ええ。……とりあえず、ニライカナイをここから海に戻しましょう」


 一同はボーグマンのコクピット画面越しに、口から滝のように血を流すニライカナイを見つめた。麻酔がまだ効いているのか、口のつっかえの柱も外せずに眠っている。

 かなり乱暴に歯を抜いたので、麻酔が切れた時のことが恐ろしい。虫歯の痛みとは比べ物にならない激痛が走ることは想像に難くなかった。何しろ切り刻んだ挙句に歯茎ごと引きちぎったのだから。


 ボーグマン・ギガントはニライカナイを持ち上げると、背中のブースターを点火させた。そして上空高くへと、ニライカナイを持って飛び上がる。


 なるべく沖縄市街から離れなければならないので、ボーグマン・ギガントはそのまま南の海へと飛び去って行った。


 謎の巨人の襲来により一時退避していた米軍の戦闘機とテレビのヘリは、その光景を唖然として見ているほかない。


 破壊された浦添市には、口からこぼれた大量の血と、すべての虫歯菌が死滅している巨大なボロボロの歯のみが残されていた。

 

**************


「ギィィィヤァァァアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!」


 例の島に戻ったところで、ニライカナイが凄まじい絶叫を上げた。どうやら麻酔が切れたようで、すさまじい激痛が口を襲っているようだ。また暴れても危ないので、とりあえず海に放り込んでおく。

 近くの岩礁の上で、ピューリファイの宿る蒼いUSBは引き抜かれ、ボーグマン・ギガントは姿を消した。蓮たちは岩礁に着地し、もがき苦しむニライカナイを座りながら見つめている。南の海でのホエールをウォッチングならぬ怪獣ウォッチングだ。


「うわあ、いたそー……」

「でも、一時的なものです。それに、血がドバドバ出た方が止血は早まるんですよ。カサブタになりますから」

「……これで、ニライカナイはもう病に苦しむことはないんだな?」


 安里の手に持つUSBから、ピューリファイの声がする。彼の肉体は、もはやこのUSBだけであった。どこから声出してるんだ、とかは考えてはいけない。


「またどっか虫歯になったりしなければ大丈夫でしょう。他に虫歯はなかったみたいですから、当分は平気なんじゃないですかね」

「そうか……それなら良かった」


 するとUSBは蒼く輝き始めた。そしてそこから、人の形をした蒼い光が浮かび上がってくる。

 それはピューリファイの精神体であった。


「ピューリファイさん!?」

「もう、私の肉体も残っていないからな」


 そのまま、ピューリファイの精神体は天に昇っていく。


「……お前、死ぬのか?」

「いいや、私は精神だけの思念体となっただけだ。この姿なら寿命はないから、また宇宙への旅に出ようと思う」


 ピューリファイは、はるか空高くの宇宙を見やった。


「私の力の一部をそのUSBとやらに入れておいた。何かに役立ててくれ。……本当に世話になった。ありがとう」


 そう言い、ピューリファイの精神体は空高くへと飛んでいった。


 残された蓮たちは、海上でもがき苦しむニライカナイを見やっていた。ニライカナイは未だに口から血をまき散らし、海の中から出たり引っ込んだりを繰り返している。彼の血で、周辺の水は真っ赤に染まっていた。


「……おい、アレ、本当に大丈夫なんだよな?」

「大丈夫なはずですけど……」


 安里の言葉からも、若干自信が失われていた。とりあえず、止血くらいはしておくべきだったかもしれない。

 そうしてニライカナイの経過をしばらく確認し続け、日が暮れるころにはようやく彼の口の出血も落ち着いた。結構距離を取って観察していた蓮達だったが、観察場所の岩礁近くまで赤く染まるほどの出血量だった。

 また、出血が治まると同時に、痛みも引いたらしい。口元を大きく腫らしたニライカナイは、先ほどまで暴れていたのが嘘のようにおとなしくなる。

 口元を抑えながら、ニライカナイはこちらをちらりと見やった。


「クウウウウウウウウ……」


 低くうなると、そのまま海に潜っていってしまう。感謝の気持ちなのか、それとも無理やり引っこ抜いた恨み言なのか。


 ちゃぷん、と赤い水の波紋を残して、海の上には蓮たち以外何もいなくなった。


「やれやれ、夕暮れも相まって、すべてが赤く染まっていますねえ」

「ひっでえ染まり方だけどな、下は」


 染まる夕暮れを見ながら、蓮たちは島へと移動して、テントを立てた。立てたテントの中に入ると、夕月たちがヤシ落とし達とご飯を食べていた。中にあるものを勝手に使っていいとは言っていたが、かなり豪勢な食卓だ。厨房ではオバーがその腕をいかんなく奮っている。


「な、ど、どうしたんだお前ら!?」

「きゃああああああああああああ!!」


 蓮たちの帰還に気づいたヤシ落としたちは驚き、安里家の面々は悲鳴を上げた。何しろ甥っ子とその姪っ子、プラスもう1名が血まみれでベッタベタの状態で戻ってきたのだから当然である。


「……お風呂、沸かしましょうね」

「着替えはあるので、服は洗濯機に放り込んどいてください」

「……俺、帰ってシャワー浴びるわ」


 蓮が家に帰ると、一同は大目玉だった。もう何度もおんなじリアクションですっかり飽きた蓮は、それらすべてを無視して服を脱ぎ、シャワーを浴びる。


(……なんか、前も汚れたからシャワー浴びたことがあったような)


 シャワーから上がってリビングに行くと、家族全員がじーっと蓮の方を見やる。


「……何だよ」

「帰ってきたんなら、お土産は?」


 亞里亞の質問に、蓮は答えなかった。そしてそのまま、踵を返して、探偵事務所へと帰る。


「……いや、お土産は?」


 結局、蓮がお土産を持って帰ってきたのは、その翌日のことだ。


 チンスコウと紅イモタルト。あとは、なんとなくお土産にいいかもと思ったシーサーの置物だ。買うときにふと口の中を覗き込んでみたら、何ともきれいな歯並びだった一品である。

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