4-ⅩⅩⅩⅣ ~大海獣の口の中へ~

 先程蓮が見た時とは比べ物にならないくらいに、口の中はきれいになっていた。だが、左側の奥に、黒ずんだ歯が見える。それは黒いオーラを放っていた。恐らくさっき光線を弾いたのもこれだろう。


「うわ、グッロ……」


 思わず夢依が呟いたのを聞いて、安里も困ったように笑う。


「あれ、親知らずですね。いずれにせよ抜かないとダメですね、アレは」

「でも、あんなでっけー歯どうするんだよ」

「それを今から何とかするんですよ。手伝ってください、口を固定します」


 安里はそう言って、身体から巨大な黒い柱を作る。それをニライカナイの口に、口が閉じられないように刺しこんだ。

 これから先の作業は歯の上である。起きて口を閉じられたらたまったものではない。


「さてと。そんじゃあ……まずは、あれから何とかしましょうか」

「あれ?」


 安里が指さしたのは、虫歯によって溶けた歯の内側。


 そこから、得体のしれない人間の子供サイズの黒い怪物が、わらわらと現れ始めた。鋭い爪とキバを持ち、ぎょろぎょろとぱっと見9つの目玉を回転させ、一様にこちらを見ている。


「……一応聞くけど、何だあれ」

「虫歯菌……ですかね」

「あんな虫歯菌いるかボケぇ!」


 思わずツッコみたくもなる。何しろ、ざっと見て数百匹の虫歯菌が、歯の上にいるのだ。つまり、歯の中にはもっといるということになる。

 それにしても、いったいなぜ虫歯菌がこんなことになっているのか。


「長い年月をかけて、虫歯菌も進化したんですかね?」

「それにしたって気色わるっ!」


 ともかく、ボーグマン・ギガントの浄化光線を弾いたのも、おそらくこいつらの力のなせる業だろう。こいつらがいる限り、親知らずの除去はできない。


「……どうすんだよ、一匹一匹叩きのめすのか?」

「蓮さんがそれでいいなら、それでもいいですけど」


 安里はにやりと笑うと、夢依をちらりと見る。


「夢依。……お願いできますか?」

「……うん」


 夢依のフードにくっついていた、二つの頭の目がきらりと光った。


「あら、じゃあ夢依ちゃん、わかってるわネ?」

「……お願い、「メランコリー!」」

「オッケイよォーーーーーーーーー!」


 メランコリーが叫ぶと同時、彼女が夢依を包みこむ。そして、黒いゴスロリ服に赤いリボン、パラソルを持った姿へと変身した。


「モード・メランコリー!」

「……なんだそりゃ」


 夢依の変身を目の当たりにした蓮は、思わずつぶやいた。虫歯菌たちも、いったい何が起こっているのかわかっていないらしい。こっちに襲い掛かってはこなかった。


「蓮さん、夢依の援護をお願いします」

「援護?」

「……ごめんね、おとなしくしててもらうね」


 夢依はそういうと、パラソルを虫歯菌たちへ向ける。


「……『メランコリック・ウェーブ』!」


 そうして、傘から放たれた黒い波動は、瞬く間に虫歯菌たちを覆う。その瞬間、立っていた虫歯菌たちは、みな膝から崩れ落ちた。

 それを見て蓮は思い出した。夢依が島で合流したとき、キジムナーを「鬱にしてしまった」と言っていた意味を。

 そして理解した。彼女がどうやってそんなことをしでかしたのかを。

 そして悟った。誰がこんな超危険なものを生み出したのか。


 蓮は、安里を軽蔑の目で見つめた。


「引くわ……」

「ひどくないです? 僕が作ってなかったら泥沼の血みどろの戦いですよこれ」


 安里はまったくもう、と怒りながら、倒れている虫歯菌の一体に触れる。そしてあっという間に「侵食」した。


「どうやら歯の中にそれはもうわんさかいるようです。まとめて無力化しましょう」


 蓮たちはばれないように、こっそりと虫歯の中を覗き込む。


 そこにあったのは、巨大集落だった。


 多くの虫歯菌たちが談笑し、働いている。歯の内側を少しずつ削りながら、小さい虫歯菌を育てている。


 もはや、一つの社会だ。

 一度目を離して、蓮たちは互いに見合った。安里が困った顔で首を横に振る。


 蓮も夢依も、やらなければならないことはわかっていた。

 そうして、蓮たちがやったことは。


 虫歯菌たちが出てきた歯の中に向かって、メランコリックウェーブを放出することだった。歯の中にいた虫歯菌たちは、みな一様に逃げることもできず、ただただ陰鬱な気分に打ちひしがれるしかない。

 たとえ住んでいる歯が大きく揺れたりしても、ピクリとも動けないほどの無気力と鬱に、違う意味で空気が悪くなっていた。平たく言って、阿鼻叫喚の地獄であった。

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