4-ⅩⅩⅥ ~島人の宝~
那覇市にある沖縄テレビテレビ局の大ホールには、多くの人が集まっていた。大きな建物なので、半ば避難所扱いされていたからだ。
不安におびえる人の中、安里夕月もその一同に目立たぬように紛れていた。
「姉さんたち、大丈夫かしら……」
「大丈夫よ、きっと……」
マネージャーの女性が、夕月の肩をたたく。彼女とは実に5年の付き合いだ。女優として芽が出ない頃からも、ずっと二人三脚でやってきた仲である。
そんなことを言っていると、ピロン、とスマホの通知音が鳴った。手に取ってみると、姉の真昼からのラインである。
そこには、画像で安里たちと一緒に映る真昼と妹の美夜が写っていた。
「真昼姉さんに美夜……よかった、無事だったんだ!」
そして、安心した夕月のスマホにはもう一文が現れる。
『今から迎えに行きます』という、安里修一からのラインだった。
――――――そして、通知音が来たと同時に、上の階でガラスがけたたましく割れる音がする。
「わあああああああああああっ!!」
ガラスの音に、避難していた人たちが悲鳴を上げる。
(……まさか……)
ラインの通知が再び来たので、スマホ画面を除く。アニメキャラのスタンプで、『着きました。今ドコ?』という、なんとも間抜けなメッセージが来ている。
夕月はぱっと立ち上がると、上の階めがけてダッシュで駆け上がった。
「あ、待ちなさい、夕月!」
マネージャーもあわてて夕月の後を追う。40歳になるマネージャーにとって、10も年下の女性、しかも体づくりもしっかりしている女優の全力疾走に追いつくのは至難の業だ。何より、膝が言うことを聞いてくれない。
「はぁ、はぁ……!」
「みんな! 良かった、無事で……!」
息も絶え絶えながらマネージャーが2階に上がると、夕月が姉妹と抱擁を交わしている場面だった。
真昼と美夜の後ろの窓ガラスは、まるで銃で撃たれたかのようにきれいさっぱりなくなっている。足元には粉々になったガラスの破片が大量に散らばっていた。
窓の外には安里たちがいる。だが、彼らが載っているのは朱部が操縦するヘリコプターだ。付近の米軍基地からパク……もとい借りてきた、いわゆる「オスプレイ」である。
「さて、夕月さーん。ちょっと聞きたいんですけどー」
「え、修一くん? 何ー?」
バラバラというプロペラの音にかき消され、上手く聞こえない。安里と夕月は、互いに張れるだけ声を張り上げた。
「ここでいいんですよねー? 島の番組の時の、スタッフさんがいるのはー!」
「え? ええー! そうよー!」
「わかりましたー!」
安里がそういうと、ぱちんと指を鳴らした。すると立花愛を抱きかかえたボーグマンと、ぬいぐるみから出た黒い腕が安里を抱きかかえる安里夢依が、同時にテレビ局へと飛び移る。
着地を済ませた後、ヘリは姿を消した。適当なところで止めて、朱部だけ後で合流するためだ。
「ど、どうしたの……?」
「ええ、ディレクターさんに聞きたいことがあるのです」
安里はそういうとにっこりと笑った。ほかのメンバーはみな、戦闘態勢である。夕月はきょとんとしながら、その様子を見つめるしかなかった。
**************
「よーしよし、おら、行け」
糸満市の適当な海岸で、アカマタは海へとにょろにょろと入っていった。
「アカマター! 必ずお宝は取り返すからなー!」
ヤシ落としが、手を振ってアカマタの姿がなくなるまで見送る。かなりでかい蛇なので、結構時間がかかるのだが。急いでいたんじゃないのか。
アカマタを島に帰させたのには理由がある。あんなでかいヘビが町を壊したりしたら、本当に米軍やら自衛隊やらが戦闘機での撃退作戦をやりかねない。そうなれば、待っているのはさらなる町の崩壊という二次被害だ。
無力化するだけなら蓮でもできるが、二次災害の被害を止めることまではさすがに無理である。だったら、そもそも二次災害を起こさせないほうがいいに決まっているのだ。
幸い、お宝の場所は検討とまではいかないが、ヒントのある場所ははっきりわかっている。安里たちがテレビ局へと向かっただろうから、自分たちもそこで合流だ。合流したら、宝を返してこいつらも島に送り帰す。それで解決のはずだ。
先ほど安里から連絡が来て、テレビ局には着いたらしい。となると、諸悪の根源たるディレクターたちを捕まえるのも時間の問題だろう。
「おし、俺らも行くか」
「本当に、お宝の場所に案内してくれるんだろうな」
疑いの目を、ヤシ落としはやめない。さすがに少しは学んだようだ。どうせならもっと早くに学んでくれればよかったのに。
「いいから行くぞ。えーっと、テレビ局は……」
スマホで地図を調べながら、被害のない街並みを歩く。歩きだと、どうしても糸満市から2時間以上かかる距離だ。
担いで走れればいいのだが、キジムナーが問題だった。走っているうちにボロボロと崩れて、どこか行きそうになるのは大きな誤算である。
そんなわけで、仕方なくのそのそと歩いて移動しているわけだ。タクシーなんかも乗り捨てられているが、免許もない蓮に運転できるはずもない。
ヤシ落としたちの足は非常に遅かった。こいつらは揃いも揃ってかなりの短足なのだ。結局、移動するのにかなりの時間を要してしまい、さっきアカマタを海に帰したことを早速後悔した。
「あー、ちくしょう」
「そんなにかっかするなよ。健康に良くないぞ?」
「おめーにだけは言われたかねんだよ!」
怒る蓮を、土気色の顔をしたヤシ落としがなだめる。それでもなお機嫌の悪い蓮を見た彼は、ゆらゆらと頭を揺らした。
すると、ヤシの木になっていた実が、ぽとりと彼の手に収まる。
「ほら、飲めよ。俺のヤシ汁だ。うまいぞ」
「ええ……でもそれってお前の体液じゃん」
「人が飲んでも平気だよ、ほら」
受け取ったヤシの実に、蓮は渋々ながら指を突き立てる。たったそれだけで、固く厚いヤシの実の殻にきれいな穴が開いた。
「……いや、すごいな、普通石とかで割るもんだぞ?」
「別にいいだろうがよ。……あ、うめえ」
ヤシの果汁は薄味だがほんのり甘く、なんというか、優しい味がした。
そこでふと、蓮は「あれ?」と思う。確か前にこの精霊の血が口に入ったときは、ヤシ酒だったはずだが。
「? どうした?」
「え、いや、何でも……」
体の仕組みどうなってるんだと問うても、この精霊に答えられるのかも怪しい。蓮だって、自分の体がどうなってるんだと言われたらうまく答えられる自信はなかった。
そうして、ヤシ汁をすすりながら蓮たちはテレビ局へと歩みを進める。
避難勧告が出ているせいで、町には誰もいない。かといってここでは暴れていないので被害も特になく、さながらゴーストタウンだ。
「なんだ、人っ子一人いないぞ?」
「お前らのせいだよ」
「えっ、そうなの?」
素っ頓狂な声を出すヤシ落としに、蓮はため息が出る。
「――――――で、お宝って、どんなもんなんだよ」
「お宝はな、なんでも海の守り神の心だといわれているんだ」
「海の守り神?」
「ほら、石碑に描かれてただろ? あれだよあれ」
「ああ……これか?」
スマホで撮影した石碑を見せると、ヤシ落としはうなずく。
「こいつの心ってことか?」
「そうらしいぞ。ま、ぱっと見はただの蒼い玉だけどな」
なんでも、精霊は何千年もその玉を宝として大切にしてきたらしい。
名前も知らない守り神のために、よくもまあそこまでやるもんだ。
「……あいつら、回収できてるんだろうな」
一向に連絡がこないことにちょっと焦りながらも、蓮たちはテレビ局へと歩く。
たどり着くには、まだまだかかりそうだった。
「しっかし、歩くのもダリいなあ。お前らが吹き飛ばなきゃ走れるのによ」
蓮は恨めし気に、後ろを歩く大量のキジムナーを見やる。大量の白毛玉を見て、げんなりした蓮が再び前を見据えると、ふと、ある物が目についた。
おそらく、避難した人が慌てて残していったものなのだろう。
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