4-ⅩⅩⅤ ~島からやって来た者たち~


「いやあ、案の定でしたね。ははは」


 安里家に急いで戻ると、もろもろの事情をすでに察しているであろう安里が笑っている。夢依は相変わらずオバーの膝枕で丸まっていた。


「笑い事じゃねえぞ。やっぱり止めときゃ良かったじゃねえかよ」

「まあ、結果論です結果論。……でも、ちょっとまずいですね」

「まずいって……お前のおばさんのことか?」

「それもあるんですけど、場所がですね。ほら、ここ、沖縄でしょ?」

「ああ」

「下手したら、動くんじゃないかなーと思うんですよね……米軍」


 米軍、の言葉に、オバーの肩がピクリと震える。


 沖縄といえば、本土で聞くニュースで多く取りあげられるのは米軍基地だ。米軍のおひざ元で怪人が暴れようものなら、自衛隊どころの騒ぎでもないだろう。下手すれば国際問題にまで発展しかねない。


 それに何より、米軍が沖縄で戦いだしたらそれはもう戦争だ。


「……絶対やばい奴じゃん!早く止めねえと!」

「ですねえ。まずはおばさん方を回収しなくては」


 幸い、ボーグマンはすでに修理が完了したらしい。朱部が用意していた車に蓮たちは飛び乗った。


「……修ちゃん」

「……オバーちゃん、待っててもらえます? 娘さん方、連れて帰ってくるので」

「……ケガ、しちゃダメだよ」

「もちろん。……ほら、夢依」


 安里の声に夢依がむくりと起きると、彼女も車に飛び乗った。島よりも安里たちのそばのほうが、存外安全であるとこいうことを、彼女はわかっていたのだ。


「じゃあ、行ってきます」


 安里がにこりと笑うと、朱部はアクセルを踏みぬいた。


**************


 古宇利橋は大混乱に陥っていた。島行きの道路は渋滞で全く進まないが、逆の本島行きの道路は全くと言っていいほど車が通っていない。すいすいと進みながら、渋滞に巻き込まれる人々の顔を眺めた。皆、不安に押しつぶされそうな顔をしている。


「しっかし、わざわざこんなとこまで逃げてくるかね」

「なにせ離島ですからね。離れている感じがあるんでしょう。事実、この島は安全でしょうしね」


 ヤシ落としたちが襲ってきたというなら、奴らの目的は明白だ。よっぽどのことがない限り、古宇利島に被害はないはずである。


 何より、まずは安里の3人のおばの安全を確保しなくてはならない。夕月はテレビ局、真昼は司法書士事務所。美夜は場所が定まっていないので連絡を取るところから。


『修ちゃん!? え、今どこか!? 会社だ!』


 3人の居場所的に、まずは美夜から回収したほうが早そうだ。そして、SNSを見れば、怪物もといヤシ落としたちの居場所はすぐにわかる。


「足止め兼シバき倒しをお願いしていいですか?」

「……しょうがねえなあ」


 そういうわけで、蓮は別行動。暴れているヤシ落としたちの足止めにかかることになった。蓮が足止めしている間に、安里たちは叔母を拾う作戦である。


 彼らは喜屋武港から上陸して、糸満いとまん市を北上しているらしい。彼らがどこに向かっているかはわからないが、中心部に到達するにはまだ時間がかかるだろう。


 沖縄の建物の上を、紅羽蓮が駆けていく。多くの人がパニックになり逃げだしていたので、それに気づく者は少ない。ジャンプとダッシュを用いて、蓮はどんどんと沖縄本島を南下していった。その速度は韋駄天と評されてもおかしくないほどである。


 ヤシ落としたちと蓮がかち合ったのは、古宇利島を出てからものの20分程度だ。


 ジャンプしたビルの上から、蓮は暴れている一団を見下ろす。


「……おい、てめえら!」


 蓮が叫ぶと、ヤシ落としが上を見上げた。その表情は怒りに満ち見ているのが、蓮でも見て取れる。


「あ、人間! 貴様らよくも騙したな!」

「騙した?」

「俺たちを騙して、お宝を持っていくとは卑怯な奴らめ!」


 やっぱりかよ。それに関しては完全にこちらが悪いので、蓮には何とも言えない。が、彼らの通った跡であろう、倒れているビルや人を見て、好きにさせるわけにもいかない。


「これ以上暴れんな! 宝は返してやるから!」

「も、もう信じないぞ! やれえ、アカマタ!」


 アカマタ、と呼ばれた大蛇が口いっぱいに何かをためると、それを蓮めがけて吐き出してきた。


 飛ばしてきたのは黄色い液体。絶対にいいものではないことはわかるので、液体を難なくかわす。代わりに液体を浴びた建物が、ぐずぐずと音を立てて溶けた。どうやら酸の類らしい。


(胸やけとかして大変そうだな、このヘビ)


 そのまま蓮は、アカマタの足元に着地した。

 そして、アカマタの大型トラックより太い胴体を蹴り上げる。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッ!」


 アカマタの巨体、4階建てに匹敵するサイズのヘビの体躯が、宙に浮いた。


「うおあああああああああ!?」


 そのヘビの頭に乗っかっていたヤシ落としも、もれなく宙に浮かぶ。アカマタの髪の毛という命綱は、あまりにも短く、そして儚い。


 ヤシ落としの握力が落ちたか、アカマタの頭皮が限界を迎えたか。彼がつかんでいた髪の毛は、ぶちぶちとちぎれた。


 そして、つかまる寄る辺もないヤシ落としは、重い頭が下を向いて落っこちる。


「うわああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 ヤシ落としが落っこちる中、アカマタが先に地面に落ちる。感覚的には、すっ転んだ、というほうがいいだろう。


 だが、それはアカマタの巨体だから済んだもの。人間くらいの大きさしかないヤシ落としはそうもいかない。もし地面に激突すれば、文字通り落ちて潰れたヤシの実みたいになってしまう。


 そんなものを見たいわけではないので、落ちるヤシ落としの足を、蓮はひっつかんだ。


 彼を助けるなら、足をつかまないといけない。何しろ頭にはヤシの木が生えている。ヤシはつかんだらちぎれそうだった。


 ヤシの木と頭が振り子のように揺れながら、ヤシ落としは宙にぶら下がっていた。


「……た、助かった・・・・・・・」

「助けたんだよ」


 ビルの窓からヤシ落としの足をつかんでいる蓮がつぶやく。


 だが、ヤシ落としの表情は、蓮の顔を見るなり険しくなった。


「あ、人間! お前、よくも!」

「あーあー話はあとで聞くから暴れんなよ!」

「ふざけるなあ、離せええ!」


 わめきながら、ヤシ落としはバタバタと暴れだした。蓮のこめかみに、小さい青筋が浮かぶ。


「あっ、そう」


 ぱっ。


「わあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 再び真っ逆さまに落ちそうになるヤシ落としの足を、蓮は再びつかんだ。


「手間とらせんなよ。こっちだって何が起こってんだかわかってねえんだから」


 そうして、彼を引っ張り上げる。だが、彼の警戒は解けないようだった。


「う、う、ううう……」

「教えろ。島で何があった?」


 そう問いかける蓮の背後に、大きな白い影が現れた。アカマタほどの大きさではないが、それでも蓮を覆い隠すくらいのサイズはある。集まった大量のキジムナーたちだ。


 背後から襲い掛かるキジムナーに、蓮は振り返りもせず裏拳を放った。

 大きな怪物の頭部分がはじけ飛び、形を保てずに白い毛玉が崩れ落ちる。


「……話、聞かせろ。な?」


 睨む蓮に、ヤシ落としはこくこくと黙って頷いた。

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