4-ⅩⅩⅡ ~襲われる船!! 大海獣!!

「……なんだこりゃ」


 雨合羽を着た蓮は、デッキから見えるものをまじまじと眺めていた。


 それは、巨大な灰色の塊だ。船と同等のサイズだろうか。どういう原理かは全く不明だが、いきなり航路上に浮上してきたらしい。嵐も相まって、危うく衝突するところだったそうだ。


「で? 俺は何しろってんだよ」

「あれ、どかせないかな? 蓮さんならできるんじゃないかなって」

「どかす?」


「あの障害物ですが、今まであんなものはありませんでした。何か漂流物かと」


 船の船長が説明してくれた。どうやら、安里たちが話を通しているらしい。


「漂流物って、あんなデカいものどうやってどかせってんだよ」

「それは、ちょっと……お任せしたいんですが」


 船長の言葉に、蓮は濡れた顔を拭った。


「……ちょっと小突いてみるか」


 そう言うと、蓮はデッキの縁からジャンプした。そして難なく、謎の物体の上に飛び乗る。

 乗った感触は、どうやら岩とかではなさそうだ。それに、足場の感触的に、なんだか毛が濡れているように感じる。生き物だろうか。


「何だこりゃ?」


 何度か、足元を足の底でぐりぐりと踏んでみる。感触的には、結構硬いような。だが、無機物の硬さではないので、やはり生き物だろう。


「どうー?」

「多分生き物だろうな」

「いや、生き物って、あんなでっかいのがか!?」


 船長の驚くリアクションが正規のものだろう。蓮たちは感覚がマヒしているので、この程度で驚くことも少ない。


 少ない、のだが。


「どうやったらどくんだ? コイツ……」


 そう言った蓮が足元を軽く蹴っ飛ばした。

 だが、蓮の軽く蹴っ飛ばす、というのは、一般的な其れとは違う。

 蓮の蹴っ飛ばしの威力は、重さ50キロの鉄球をラグビーのゴールポストに入れるほどのパワーがあった。


 そんな蹴りを食らった生き物は、一体どうしたか。


 水中に、巨大な泡がボコボコと立った。そして、蓮の立っている足場がどんどんとせりあがる。


 そうして浮かび上がったのは、船と同じくらいの大きさの、生き物の頭だった。鋭い牙にらんらんと光る眼が、船の人間をじっと見据える。巨大な目は、確かな痛みを訴えていた。


「……で……」


 あまりの光景に、船長が失神する。


「出たあああああああああああーーーーーーーーーっ!!」


 叫んだのは夕月だった。それと同時に、怪物が咆哮を上げる。


 吠えた振動で、船が大きく揺れた。


「いや、ちょっと、待って……」


 いきなりの大きな揺れに、手すりにつかまっていた安里が耐え切れずに吐いた。

 蓮はその様子を、巨大生物の頭の上から見下ろしている。


「……やっべ、ちょっと強すぎたかな」


 そう言った時、足元が大きく揺れた。咄嗟に毛を掴み、宙に浮きそうなのを耐える。


「うわ、あっぶねえ!」


 頭の上の異物を振り落とそうとしているのだ。巨大生物は頭を大きく揺らした。蓮も振り落とされまいと毛を掴むが、濡れている毛を掴み続けるのには限界がある。


 タイミングを見計らった蓮は、頭を踏んでジャンプした。振り落とされるくらいなら、ちゃんとしたところに飛び降りる方がマシである。


 華麗に船の甲板に着地した蓮だったが、濡れた足場ですっ転び、したたかに頭をぶつけた。


「いってえ!」

「だ、大丈夫?」

「蓮さん、強く蹴りすぎでは?」

「バカ言え、俺は軽くやったぞ!」

「あなたの軽くは、火力がヤバいんですよ」


 起き上がりながら、蓮たちは巨大生物を見上げた。

 大きさはボーグマン・ギガントと同じくらいだろうか。上半身だけだから何とも言えないが、それくらいだろう。巨大な2本の前足に、大きな口。どことなく沖縄のシーサーを彷彿とさせる姿だった。


「なあ、怒ってんのかな、アレ」


 巨大生物は、鼻息をふんふんと鳴らしながら船を見下ろしている。


「怒ってんじゃないですか? 知らないですけど」


 そして。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーっ!!!」

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 盛大に吠え、蓮の周囲の人々は震え上がった。


「うわあ、激おこ」


 安里が呟くと同時、巨大生物が腕を振り上げる。振り上げただけで、しぶきがデッキを一面水浸しに変えてしまった。

 振り上げた腕がもし船を掠めでもしたら、ひとたまりもないだろう。


 だから、紅羽蓮はさっさと動いた。振り上げた腕の付け根の部分を蹴り上げる。巨大生物の腕は大きくのけぞり、そのまま体も後方へと引っ張っていった。

 バランスを崩した巨大生物はひっくり返り、海へと沈んでいく。


「おい、船出せ!」


 蓮が叫ぶと同時に、船が急激に右に曲がり始めた。


「だ、誰が!?」


 デッキにいる船長が叫んだ。彼がここにいるという事は、つまり船を操縦しているのは正規の船員ではない。


「面舵いっぱーい」


 操舵輪を回しているのは朱部だ。こうなることを見越して、操舵室に潜入していたらしい。


 船は大きく旋回し、さらに急速にスピードが上がる。


「な、今度はなんだ!? この船はこんなにスピードは出ないはずだぞ!」


 船長が戸惑うが、船尾にはボーグマンがくっついていた。そして両手から放つビームを、船の推進力代わりにしている。


 結果、船は尋常ならざるスピードで海の上を走り始めた。


「うわああああああ!?」


 急なスピードに転がる船員や乗客たち。蓮たちはデッキの手すりにつかまって事なきを得た。


「蓮さん、アイツ、やっつけたの?」

「んなわけあるか。ただすっ転んだだけだろ」

「加えて言えば、ここは海のど真ん中ですからね。転んだっていうか、水中で一回転したくらいじゃないですか」

「ってことは……」


 愛は恐る恐る、船の後方を見やる。


 大きな波しぶきを上げながら、巨大生物の顔が船を追って来ていた。


「やっぱり追って来てる!」

「どうする、あいつこのまま本島まで追ってくるんじゃねえの」

「さすがに上陸しないようにしたいですね。どっか適当な岩礁で迎え撃ちます?」


 などと言っている間に、巨大生物はぐんぐんと距離を詰めてくる。ボーグマンも通常サイズの出力では、あの怪物を引き離すほどのパワーは出ない。


「おい、もう来るぞアイツ!」


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 そして、巨大生物の巨大な牙が船尾に届いてしまった。船が大きく傾き、蓮たちのいる船のデッキが空を向く。


「わ、わ、わ、わ!」


 皆が一様に転がったり落ちそうになる中、蓮は坂を下る勢いのまま、船尾へとジャンプした。

 そして、船尾に噛みつく巨大生物の前に降り立つ。


「……骨でも噛んでろ、犬っころ!」


 そして、巨大生物の前歯へと拳を突き出す。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 巨大生物は大きく吠えた。その拍子に牙が船から離れ、ギリギリのところで船はバランスを取り戻す。


「ボーグマン、出力120%!」


 安里の言葉と同時、ボーグマンは限界以上の出力でビームを放った。

 それは、船尾にいる巨大生物にもろにぶち当たる。


 そして、ビームの威力のまま船は加速した。海の上を異常なスピードで走っていく。

 しばらく走っていたが、その後巨大生物が襲ってくることはなかった。


「……ま、撒いたか?」

「みたい、ですね」


 安里がそう言ったのを皮切りに、デッキにいた一同がへたり込む。突然の極限状態に、着いて行けない者が多数だった。そりゃそうである。


「……なんだよ、皆座っちまって」

「あ、蓮さん」


 船尾は損傷していたが、幸いなことに手すりがだめになった位で、船体にダメージはなかった。それを確認していた蓮が、船尾から戻ってきた。


「それにしても、流石蓮さんですね」

「あ?」

「あの怪獣もワンパンですか」

「……あ、ああ、まあな」


 蓮はそう呟くと、つかつかと歩き出した。


「蓮さん、どちらへ?」

「シャワー浴びるんだよ。びしょ濡れだぜまったく」


 そう言って、蓮は船の中へと戻っていった。一同が茫然とする中、愛が「へくちっ」とくしゃみをする。それを皮切りに、他の皆も船の中へと戻っていった。

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