4-ⅩⅩⅠ ~おじさんとはかくも大変なもの~

「あ、紅羽くん」

「んあ?」


 寝ていた蓮に声をかけてきたのは夕月だった。珍しい声に、とぼけた声が出る。


「修一くん、見なかった?」

「あいつ、部屋にいないんすか?」

「そうみたいなの。ノックしても返事ないし」

「そう言われても、俺も知らねえっすよ、ずっとここで寝てたし」

「そう、だよねえ」


 そのまま夕月はすたすたと歩き去ってしまう。声を掛けられてすっかり目が覚めてしまった蓮は、身体を伸ばして船をうろつくことにした。


 船はそこそこに大きく、個室のほかに食堂と厨房がある。甲板にも出られるので、外風に当たることも可能だ。


 甲板に行くと、見覚えのある黒いワイシャツ姿がある。


「なんだよ、お前、こんなところに……」

「お“え”え“え”え“え”え“!」


 思い切りえずいた後、安里は盛大に吐いた。幸い、その吐瀉物はすべて海の中へと消えていく。


「……あれ、蓮さん?」

「お前、船ダメだったっけか?」

「ダメみたいですね」


 安里は口を拭ってそう言う。


「元々、船なんてそうそう乗りませんからね。ボーグマンは、揺れたりしませんから」

「そういや、全然揺れなかったな、あれ」


 安里修一は、揺れに弱い体質だったらしい。自然と、ボーグマン・ギガントも、自然と揺れないように設計していたのだろう。


「で、なんでこんなとこにいやがる。お前のおばさんが探してたぞ」

「夕月さんが?」


 蓮と安里は二人並んで、潮風を受ける。天気も晴れやかで、このまま眠るのも悪くないだろう。

 隣で人がゲロを吐いていなければ。


「……存外、人間らしい所もあるもんだな」

「嫌な人間らしさですね……うっぷ」


 安里の背中をさすりながら、蓮は呟く。


「で、なんでこんなところいるんだよ。ただの酔い止めだけじゃねえだろ」

「……ちょっとね。夢依の事で」

「夢依?」

「叔父さんって大変ですよねえ。あの子を引き取って間もないですけど、棗姉さんのこと、少し尊敬しちゃいますよ。あの子を育ててたわけですからね」

「……あのキジムナーとかいう奴の事か」

「めちゃめちゃ泣かれちゃいましたよ。正直、僕にはその気持ちは分からないんです。どっちかって言うと、別れさせる方の方が多いですからね」


 どうしてやるべきだったのだろうか。夢依が仮にキジムナーを育てたとしても、結果としてそう遠くないうちに別れの時はやってくる。それを経験させてやるべきだったのか、それとも目に見える死別を遠ざけたのが正しかったのか。

 単純な正解ではない。きっとそれは、時がたった時にしかわからないのだろう。


「……ま、せいぜい悩めよな、叔父さん」


 背中をバシンと叩くと、蓮は船内へと戻っていった。


**************


 船の中で特にすることもないので、基本的には寝てばかりになる。そんな蓮が船室で目を覚ましたのは、なんだか気持ち悪くなってきたからだ。


「……なんだあ?」


 船室を出ると、にわかに騒がしくなっている。ふと外を見ると、さっきまでの快晴はどこへやら、灰色の雲に荒れ狂う白波が見える。


「……嵐?」

「あ、蓮さん!」


 パタパタと駆けてきたのは愛だ。


「良かった、起きたんだ。ちょっと……」


 その瞬間、船ががくんと揺れた。


「わ」


 揺れた拍子に、愛が蓮の胸へと飛び込んで来る。


「お、おい!」

「だ、大丈夫! えっと、蓮さんに来てもらいたいんだけど……」


 すぐに蓮から離れ、デッキの方を指さした。愛の身体の感触が消えないままに、蓮は首を傾げる。


「来てほしい?俺に?」

「なんか、でっかい障害物がいきなり現れたんだって」

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