4-ⅩⅩ ~無人島からの帰還~

 翌朝、テントから出た蓮は盛大に欠伸をした。

 昨夜、詩織を彼女の家まで連れ戻し、彼女の仲間に一晩中お説教をして、帰ってきたのは朝の7時だ。


「眠れなかったの?」

「ああ、まあな」


 帰っていたことを言えば怒られるだろうから、枕が違って眠れなかったことにしておいた。


「お前はどうだったんだよ?」

「私はぐっすり。ベッドもついてたしね」


 どうやら女性陣は、随分と快眠だったらしい。夢依もキジムナーを頭に乗っけながら歯を磨いている。


 現在は朝の8時。簡単な朝食を平らげ、島に流れる川の前でみんな揃って顔を洗っていた。


「それで、今日は撮影しながら帰る形ですかね」

「あ、ああ」


 安里の言葉に、ディレクターが答える。


「それで、皆さんは早めに引き上げてはどうでしょうか。昨日はあんなこともありましたし、お疲れでしょう。夕月さんとも相談して、演者は先に帰って、後はスタッフだけで島の撮影をしてから帰りますので」

「おや、大丈夫なんですか?」

「まあ、最悪アテレコで何とかなるでしょう」


 そううまくいくだろうか、と蓮は話を聞きながら思っていたが、その時安里がちらりとこちらを見た。顔を洗って眠気を少しでも取っ払うと、誰もいない森の中に入る。しばらく待っていると、安里がやって来た。


「どう思います。あれ」

「どう思うって、何がだよ。お疲れの俺らを気遣ってくれてんじゃねえの?」

「んー、まあ、そう取れなくもないですね。蓮さん、目に見えて目つき悪いですし」


 蓮の普段からの睨むような目は、クマによってさらに強調されていた。安里たちは慣れているからさほど違和感も感じないが、他人からすればかなりきつめに睨んでいるように見えるだろう。


「ただ、善意と悪意が一致しちゃってるんじゃないかと。僕は思うわけですよ」

「捻くれてんな、お前」

「そう言う性分です。で、悪意ってのは、昨日言ってたお宝ですね」


 ヤシ落としが聞いてもいないのに勝手に喋った「お宝」。どこに在るかはわからないが、この小さな島のどこかにあるのだろう、という事だけは分かっている。


「あいつらが、俺らをとっとと帰してお宝探しでもするってのか?」

「かもしれません。真意までは、ちょっと今は分かりませんが」


 安里はそう言って笑うと、手をひらひらと振った。蓮は溜息をつく。


「僕らがここにいられる理由は、夕月さんがいるところが大きいですからね。彼女が帰ってしまうことになれば、僕らもここにはいられない」

「それで、演者をわざわざ帰して俺らも帰そうってのか」


 現状、けが人が出たとか、そう言うわけでもない。演者も雰囲気的に、帰りたいというオーラを出しているわけでもない。演者を帰すのは、完全にスタッフの独断だ。


 考えられない話では、ない。


「でもよ、お宝狙うくらい別にいいんじゃねえのか? 俺らに関係ねえしよ」

「それは、そうなんですがね」

 

 そこまで話したところで、蓮たちはみんなのところに戻った。あまり長いこといないと、変な目で見られかねない。


「蓮さん、どこ行ってたの?」

「トイレ」


 愛の質問に適当に答えながら、蓮はスタッフたちと談笑しているヤシ落としを見やった。


「お宝の場所か? 人間にはとてもじゃねえけど行けねえぞ」

「それは、なんで?」

「深い洞窟の中なんだよ。精霊には行けるけど、人間はどうかなぁ」

「行ってみないとわからないでしょう。どこにあるんですか?」

「……やっぱり、アンタら宝を狙ってるんじゃ……」

「いやいやそんなことはありませんよ? ただ、ちょっと気になりまして」

「なんだ、そうなのか。なら、場所だけなら教えてやるよ」


 あっさりと、交渉が成立してしまった。あの精霊ども、単純すぎるだろう。蓮は頭を抱えてため息を吐く。


「……あーあ、見てらんねえや」


 大きな欠伸をすると、蓮は彼らから背を向けた。


**************


 帰りの船は、手配された時間に、マングローブを抜けてやって来た。演者とテレビスタッフが一名、そして安里探偵事務所の面々が乗り込む。


「帰してきなさい」

「えー!?」


 船の前で、安里と夢依が言い合っている。夢依の頭の上には、キジムナーが乗っていた。


「一緒に連れてはいけませんよ。さすがに飼い方とかわからないし」

「で、でも、ちゃんと面倒見るから!」

「ダメです。ボーグマンで我慢しなさい」

「ボーグマンなんてほっといたって平気でしょ!」


「夢依ちゃん、あの子になつかれたみたいだね」

「そうだな」


 船の入り口でその光景を見つめる蓮は、家で飼っている犬のジョンを思い出す。今では家のソファを一匹で占領するほどデカく育ったジョンだが、10年前に初めて出会った時は、それはもう小さい子犬だった。

 ジョンは段ボールの中に捨てられていたのだ。兄妹で遊んでいた時に見かけて、抱き上げた時に蓮が一目ぼれして連れ帰ってしまったのである。


(俺も、オヤジに最初帰して来いって言われたなあ)


 その後、兄妹3人で必死に説得し、何とか飼育を許可してもらったわけだが。当のオヤジは仕事で家にいないせいか、ジョンの中での家庭内カーストは最下位だ。なんなら、母の後輩の内藤麻子より下まである。


「案外、ちゃんと叔父さんしてんじゃねえの」

「そうだね」


 そう言って蓮と愛は船の中へと入っていく。

 少しした後、安里たちが入ってくる。夢依は涙目で頬を膨らませており、その頭には何も乗っていなかった。


(ダメだったか)

(ダメだったみたいだね)


 夢依はさっさと船の奥に引っ込んでしまう。安里は首をやれやれと首を振って、蓮たちの隣へとやって来た。


「お疲れさん」

「全く、大体ガジュマルの木の精霊が離れて生きていけるわけもないんですから」


おそらく、それがとどめになったのだろう。こいつの事だから、必要以上に脅した可能性もあるが。


「それにしても、日々衰弱していくのを懸命に看病しながらも結局どうしようもなくて、自分の無力感を実感しながら最後は干からびたキジムナーを両手に抱えることになる、何て大層な脅し文句ね」

「やだなあ、朱部さん、聞いてたんですか?」

「お前子供相手にどんな言い方してんだよ」

「しょうがないでしょ、事実なんだから。犬じゃないんですよ、犬じゃ」


 この言葉は完全にジョンの事だろう。まあ、犬と精霊じゃ確かに違うけど。


「しっかし、これじゃあ三日は口きいてもらえないんじゃねえか」

「ま、それならそれで、静かでいいですけどね」

「安里さん、強がってませんか?」


 愛の一言を安里は笑って無視した。そして、彼もまた、船の奥へと入っていく。


 沖縄本島には結構時間がかかるだろう。ボーグマン・ギガントを使えばもうちょっと早く着くのだが、周りに合わせた方がいいに決まっている。あんなデカいもの、目立たないためには使わない方がいいのだ。

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